浅田次郎「獅子吼」書評 過ぎ去った時代の哀切な余韻
評者: 市田隆
/ 朝⽇新聞掲載:2016年03月20日
獅子吼
著者:浅田 次郎
出版社:文藝春秋
ジャンル:小説・文学
ISBN: 9784163903842
発売⽇: 2016/01/09
サイズ: 20cm/285p
獅子吼(ししく) [著]浅田次郎
人情味豊かな著者の最新短編集。高度成長期の若者、戦時の兵士が、それぞれの時代の中で生きる姿には、ほのかな光を帯びた、確かな存在感がある。著者の練達の文章に加え、自らの手で作り出した登場人物への慈愛に満ちているからこそ、読者にそれが伝わるのだろう。
6作品の中で最も読ませたのは「うきよご」。私生児を示す隠語だという。1960年代後半の東大紛争後、京都から東京に来た「うきよご」の受験生・和夫と、東京で暮らしていた異母姉の昭子。姉弟愛とも男女愛ともつかぬ微妙な愛情を交わす2人は切なくて、著者でないと描き得ない深い境地に達している。
表題作は、太平洋戦争末期の動物園で飢えに苦しむ獅子が主人公。獅子は、軍の上官から動物の射殺命令を受けた兵士たちを子供のころから知っている。その邂逅(かいこう)の悲しみが胸に迫る。
過ぎ去った時代の哀切な物語。各短編には物語が閉じた後も漂う余韻がある。
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文芸春秋・1512円