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江戸時代の通訳官―阿蘭陀通詞の語学と実務 [著]片桐一男

[評者]三浦しをん(作家)

[掲載]2016年03月27日

[ジャンル]歴史 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■言葉を武器に、未知に触れる努力

 以前から不思議だったことがある。ちゃんとした学校も教科書も辞書もない時代において、人々はどうやって外国語を身につけたのだろうか? ただでさえ語学習得のセンスに決定的に欠ける私からすると、それって途方に暮れるほかない状況に思えるのだが。
 そんな疑問に答えてくれるのが本書だ。江戸時代、長崎の出島にあるオランダ商館が、海外に開かれたほぼ唯一の「窓」だった。商館のオランダ人とやりとりするには、オランダ語ができなくてはならない。そこで、町人身分である「阿蘭陀通詞(オランダつうじ)(通訳)」が大活躍した。
 通詞の家に生まれたら大変だ。「ア・ベ・ブック(ABブック)」でアルファベットの読み書き、オランダ語の初歩を学ぶのにはじまり、単語や日常会話例を覚えたり、作文をしたり、算術を学んだりと、段階的にオランダ語の「稽古」に励む。語学の才がなかったひとは、絶望的な気分だったろうなあ……。
 オランダ商館長(カピタン)が江戸で将軍に会うとなると、もちろん通詞も同行する。将軍が馬を所望したら、通詞がオランダ語で細々と特徴を記した注文書(馬の絵入り)を、カピタンに渡す。長崎見物をしたがるカピタンを案内する。遊女の手配もしてあげる。
 仕事面だけでなく個人的にも、通詞とカピタンのあいだには心の交流があった。書簡がたくさん残っていて、通詞はカピタンに砂糖などをおねだりしている。なんだかかわいいし、信頼関係を築いていたんだなとわかる。
 いつの時代にも、言葉を武器に、未知の世界、新しい世界と触れあおうとする人々はいた。かれらの努力と好奇心が積み重なって、いまがあるのだとつくづく感じた。阿蘭陀通詞の研究を長年つづけ、門外漢でも興味を抱ける本を書いてくれる本書の著者もまた、過去と現在を結ぶ「通詞」だと言えるだろう。
    ◇
 吉川弘文館・3780円/かたぎり・かずお 34年生まれ。青山学院大学名誉教授(文学博士)。『伝播(でんぱ)する蘭学』など。

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