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琉球王国と戦国大名—島津侵入までの半世紀 [著]黒嶋敏

[評者]本郷和人(東京大学教授・日本中世史)

[掲載]2016年03月27日

[ジャンル]歴史 社会

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■丹念に追った、変化する関係

 1609年、鹿児島藩主の島津家久は、3000人の軍兵を琉球(中山)王国に派遣した。ほとんど戦闘を経ることなく島津軍は首里王城を制圧。国王尚寧(しょうねい)は鹿児島を経て江戸に赴き、徳川将軍家に対し従属の礼を執った。また家久に対しては「琉球は古来島津氏の附庸(ふよう)国である」と記した起請文(きしょうもん)を提出し、これ以後琉球は鹿児島藩の間接的な支配を受けることになる。
 附庸国、というのはありていにいえば属国ということか。だが、歴史をひもとき、史料をきちんと読んでみると、「島津氏が上、琉球が下」という固定した関係があったわけではないのだ。島津氏には島津氏の浮沈があり、琉球には琉球の事情がある。もちろん琉球が頭(こうべ)を垂れることはあったが、時に島津氏が下手に出ている事例も確認できる。本書は東アジア情勢の確かな理解を踏まえて、状況とともに変化する両者の関係を丹念に追っていく。
 柄谷行人氏は本欄(2014年9月21日付『琉球独立論』書評)で「理解しがたいのは、琉球が日本から独立しないでいることである」と書いた。この一文を読んだときの衝撃はいまだに忘れられない。米軍基地をめぐり沖縄と官邸とがぎくしゃくし、沖縄独立がしきりに唱えられている。その中で責任を引き受けてかかる発言をする勇気を、今の私は到底もてない。
 歴史を勉強してきて漸(ようや)くつかめたのは「日本は一つの国である」という常識には疑う余地がある、という感触である。たとえば古代の東国に朝廷の威令は届いていまい、戦国大名は独立した地域の王と捉えられる等々。歴史研究者たる私は、日本はいかなる国だったかを見据えた上で、沖縄にどう向き合うかという問いへの答えを探していこうと思う。その一環として史実を正確に知ることは不可欠であり、そのために本書は有意義な情報を与えてくれる。信頼できる一冊である。
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 吉川弘文館・1836円/くろしま・さとる 72年生まれ。東京大学史料編纂所助教。『中世の権力と列島』『天下統一』。

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