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文化進化論―ダーウィン進化論は文化を説明できるか [著]アレックス・メスーディ

[評者]柄谷行人(哲学者)

[掲載]2016年04月10日

[ジャンル]人文

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■宗教的な現象も定量的に証明

 本書は、文化の「進化」をダーウィンの理論的枠組みにもとづいて考えるものだ。ダーウィンの進化論といえば、今でも進化=進歩という意味に受けとられているが、実はその逆である。彼は「進化」のかわりに「変化を伴う継承」という言い方をした。それは進化がはらむ、進歩あるいは目的論的な意味合いを取りさるためであった。一方で、ダーウィンは自然淘汰(とうた)という考えを、マルサスの人口論から着想した。それは、自然現象が経済的あるいは文化的現象と共通する何かをもつことを含意する。文化を「社会的に伝達された情報」と定義するならば、それは生物界にも妥当することであり、人間に限定されない。
 ただ、そこからまず、適者生存・弱肉強食で知られるスペンサー流の社会ダーウィニズムが生まれて世に風靡(ふうび)した。今日では、それを批判するネオ・ダーウィニズムによってとってかわられた。ただし、後者は遺伝学にもとづいて自然界の進化を見るもので、文化論との接点をもたない。文化の進化を考えるために、著者はそのいずれをも退けて、ダーウィンの地点に立ち返る。それによって、自然界だけでなく、国家・経済から言語におよぶ「文化」における「変化を伴う継承」の現象を、統一的に見なおそうとする。それは、別の観点からいえば、これまでは質的あるいは心理的領域と見なされていた領域を定量化することである。
 たとえば、経済学では人間が利己的であることが前提とされている。それによって、経済現象は数量的に扱われることができる。一方、そのような見方を疑う者は文学的・宗教的であり、科学的でないとみなされる。しかし、実は、人間は案外、利他的なのだ。歴史的に、利己的なものを追求する集団・文化に対して、利他的な集団・文化が勝ち残ってきたのである。「文化進化論」は、そのことを実験可能なかたちで示すことができる。それはこれまでの文化的/自然科学的という区分の不毛さを示す。その意味で、これは、さまざまな領域の文化科学を統一的に把握しようとする新たな企てなのである。
 本書に書かれた多くの興味深い事例の中から幾つか述べておく。言語習得は生得能力によるというチョムスキーの仮説は疑わしいこと。宗教は母親を通して子供に伝達されること。父系制は牧畜とともに始まること。太平洋諸島の言語の起源は台湾であること。帝国は国境地域から勃興すること。以上のような事柄はこれまでも推定されていたかもしれない。しかし、それが定量的に証明されるということに、私は驚かざるをえない。
    ◇
 Alex Mesoudi 80年生まれ。ロンドン大学講師、ダーラム大学准教授などを経て、エクセター大学生物科学部准教授。理論モデルなどを通じて文化進化の研究領域を先導する英国の学者。

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