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指紋と近代―移動する身体の管理と統治の技法 [著]高野麻子

[評者]武田徹(評論家・ジャーナリスト)

[掲載]2016年04月10日

[ジャンル]歴史 社会

表紙画像

■識別と排除、生体認証の行方は

 指紋の「第一発見場所」が日本だったことを本書で初めて知った。維新後に来日した英国人医師フォールズは、知人モースを手伝って大森貝塚から出土する土器を分類中、器の表面に残された指の印象に気づいた。そして研究を重ねて指紋が「終生不変」「万人不同」の特徴を持つことを突き止め、1880年に科学誌に論文を投稿した。
 この指紋が個人識別に初めて使われたのは英領インドだったという。一度、登録すれば照合を通じていつでも個人情報を引き出せる指紋は統治者にとって「夢」の道具だった。その本格的利用を目指したのが「満州国」であり、建国直後に議論された全国民の登録こそ実現しなかったが、1938年に出稼ぎ中国人の指紋登録を開始、戸籍で管理できない移動労働者の状況把握を可能とした。
 こうした指紋利用法に代表される生体認証技術は第2次大戦後、ITの進化とあいまって多彩に発展する。確かに本人確認ミスや「なりすまし」が防げ、犯罪捜査にも役立つ。だが、一度登録してしまえば、そこから様々な個人情報が引き出されて、思わぬ不利益を本人にもたらすこともありえる。
 生体認証技術はどのように使われるべきなのか。その運用主体が官民にまたがるようになった今や「私たちは一連のシステムに巻き込まれており、だからこそ、客観的に思考することが非常に難しい」と著者は書いている。
 そこで歴史に学ぶ効用が期待される。指紋の利用が植民地での統治技術として登場したこと。満州国で磨かれた指紋利用技術が還流した戦後日本で、外国人登録法に採用された指紋押捺(おうなつ)が差別的と批判されたように、それが共同体に潜在する他者排除指向を上書きしがちなこと——。本書が示す史実の数々は、個人を識別する技術が織りなす功罪の紋様を正しく見ようとする人に確かな参照の足場を提供してくれるだろう。
    ◇
 たかの・あさこ 81年生まれ。日本学術振興会特別研究員を経て明治薬科大学講師。専門は歴史社会学など。

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