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ミッドナイト・ジャーナル [著]本城雅人

[評者]星野智幸(小説家)

[掲載]2016年04月10日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■新聞記者はどうして必要なのか

 今や新聞は、読まれないだけでなく、信頼されない。新聞記者として社会人の経歴をスタートさせた私でも、今の新聞は組織を守ることに追い込まれ、どちらを向いているかわからない報道をしがちだと感じる。
 しかし、その傾向の中でふんばっている記者も多い。この小説は、20年間、辣腕(らつわん)新聞記者として活動した著者が、持てる体験と知恵をすべて注ぎ込んで、地道な事件記者たちを描いた、入魂の書である。
 全国紙のさいたま支局で自他に厳しい県警キャップを務める豪太郎は、県内で女児連れ去り未遂が起き、犯人は2人かもしれないとの目撃情報を得た時、7年前に東京西部で起きたそっくりの事件を思い出す。その時も犯人は2人という情報があったが、結局、逮捕された1人が死刑となって収束した。豪太郎ら警視庁取材班は真相に肉薄しながら、警察の言い分を聞いて、犯人2人説を捨てる。
 もし、あの時の共犯者がまた事件を起こしているのだとしたら、犯人2人説を追及しなかったメディアにも責任があるんじゃないか。自責の念に駆られた豪太郎は、当時の記者たちと執念の取材を始める。
 この事件のモデルであろう宮崎勤の連続幼女誘拐殺人事件を、私も浦和支局時代に少し体験している。この作品の、記者たちと警察の凄(すさ)まじい攻防は現実そのままだ。スクープ合戦の意味について、豪太郎は言う。
 「早く書かなければ、メディアはなんでも公式発表を待つ。それこそ権力の思い通りだ。どうでもいいことだけ伝えられて、不都合なことは隠されてしまう」
 これが、権力を取材できる新聞社と記者の存在意義だろう。だが、現状はその存在意義に背いて、まさに「権力の思い通り」であることに甘んじ、加担してはいないか。真相をつかむために、豪太郎は社の上層部とも戦う。強権が吹き荒れる今の時代こそ、新聞は必要なのだ。若い記者にも読んでほしい。
    ◇
 ほんじょう・まさと 65年生まれ。元サンケイスポーツ記者。『ノーバディノウズ』『トリダシ』など。

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