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フィールドサイエンティスト 地域環境学という発想 [著]佐藤哲

[評者]佐倉統(東京大学大学院情報学環長・科学技術社会論)

[掲載]2016年04月17日

[ジャンル]科学・生物

表紙画像

■社会への貢献を模索する科学

 科学は、科学者の知的好奇心を原動力として発展してきた。たとえばガリレオは望遠鏡を空に向けて木星の衛星を発見したし、ニュートンはリンゴが木から落ちるのを不思議に思って万有引力を発見したとされる。
 だが、科学の知識が専門家の好奇心を満たすだけで良いはずはない。科学は地域社会の問題を解決するためにこそあるべきだ、と著者は主張する。
 このような考えかたは実は目新しいものではなく、20世紀後半に世界各地で重要性が認識されている。科学者のための科学から社会のための科学へ。好奇心駆動型から課題駆動型へ。
 本書がユニークなのは、このような学問的潮流を著者自身が半生をかけて体現しているところにある。もともとは普通の生態学者だった佐藤哲青年が、1980年代のアフリカで自らの学問の社会的役割に悩みを抱く。そして自身の科学的研究と地域の環境問題軽減とを結びつける試みを手探りで始め、やがては世界を股にかけて活躍するフィールドサイエンティストとして成長していく。東アフリカのナマズ、石垣島のサンゴ礁、兵庫県のコウノトリ、長野・佐久地方の鯉(こい)、北海道のシマフクロウ、さらにはアメリカ西部のコロンビア川。著者は脱皮を繰り返すように活動の場と視野を広げ、地域の自然と社会に貢献する知識のあり方や、それを生産するための手法を模索し続ける。この本は、地域環境学というユニークな学問領域の入門書であると同時に、佐藤哲というひとりの希有(けう)なフィールドサイエンティストの半生記でもある。
 佐藤はさらに、固有の地域とそこの環境に密着して展開しているさまざまな事例を集め、それらに共通する特徴を抽出して一般化を試みる。たとえば、科学的知識と地域の生活知や伝統知とは境界なく融合していることや、科学知と地域知をつなぎ、地域のさまざまなステークホルダー(利害関係者)同士をつないでいく役割が必要であることなどは、鍵となる普遍的要素である。一方で、知識の生産や研究者の役割を表す概念用語が次から次へと登場し、それらの関係がもうひとつ整理しきれていない印象も受けた。また、知識のつなぎ役の人材養成についても、示唆がほしかったところだ。このタイプの人材は、大学の通常のカリキュラムでは教育が難しいのだ。フィールドサイエンスの体系化には、もう少し熟成のための時間が必要なのかもしれない。
 アフリカを振り出しに30年。今後、著者はさらにどれだけ脱皮し、大きくなっていくのだろうか。科学について、科学と社会の関係について、新たな見通しを提供してくれる書である。
    ◇
 東京大学出版会・3888円/さとう・てつ 55年生まれ。人間文化研究機構総合地球環境学研究所教授。専門は地域環境学、生態学、持続可能性科学。『日本のコモンズ思想』『環境倫理学』(いずれも分担執筆)など。

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