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根源芸術家 良寛 [著]新関公子

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2016年04月17日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■謎の生涯追跡、推理小説のよう

 良寛といえば子供と手鞠(てまり)をついて遊ぶ乞食僧という印象が強いが、実際は謎の存在である。著者は良寛の書の芸術性から彼の生き方の真実にとりつかれたようだが、黙して語ろうとしない生涯に惹(ひ)かれるのは、ぼくがデュシャンの謎に魅せられることとどこか共通するように思えた。
 著者は良寛に対する過去の研究書の創作的な非事実性を、良寛の数々の言葉と足跡を身体的にたどりながら暴き、新説(事実)を展開していく。その心地よさには推理小説に似た爽快感がある。
 一般的な良寛像は、本人が描く野心も苦悩もない気楽な乞食僧だろうが、著者はこのイメージは限定された一面と評し、実際は「驚異的なエネルギーを持った芸術的表現者」であると定義し、良寛の出家の動機に非社会性や無常観を見る従来の判断は、誤った土台の上に建てられていると批判する。
 自身の出家に関して良寛は沈黙を守っているが、自伝的漢詩の中にはちゃんと、出家は宗教的発心によるものではないと告白されているというのだ。一方、発心し、諸国行脚を修行と称して名刹(めいさつ)を訪ね歩く僧をつかまえて「かわいそうな奴(やつ)ら」だと軽蔑して嗤(わら)うのだった。
 著者が良寛のとりこになった直接の動機は、父の本棚にあった『書道藝術(げいじゅつ)』の中の良寛の書に造形的な美術価値を発見し、「どうしてこんなにも美しいのか」と、その芸術性と生き方に「根源芸術家」としての天才を見たからだという。
 「根源」の呼称を与えたのは著者であるが、純粋芸術とは別ものである。純粋芸術という言葉は、場合によっては芸術のための芸術、つまり芸術至上主義にとられかねない。芸術至上主義は芸術の中に於(お)いての自由の追求で、下手すると自己満足に終わる。一方良寛の芸術は生活に即し、また人生の中から生まれた芸術である故に根源芸術であろうか。
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 春秋社・5184円/にいぜき・きみこ 40年生まれ。東京芸術大学名誉教授。『ゴッホ 契約の兄弟』(吉田秀和賞)など。

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