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吹けよ風 呼べよ嵐 [著]伊東潤

[評者]末國善己(文芸評論家)

[掲載]2016年04月17日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■定説と異なる合戦、現代批判も

 デビュー当初から戦国時代の関東にこだわっている伊東潤が、ついに川中島合戦を描いた。ほぼ全編が戦闘や謀略という硬派な物語は、原点回帰といえる。
 しかも主人公は武田信玄、上杉謙信ではなく、北信濃の国人・須田満親(みつちか)なのだ。この設定だけで、どれほど斬新かが分かるだろう。
 川中島周辺の北信濃に所領を持つ須田氏本家の養子・弥一郎は、従兄弟(いとこ)で親友の甚八郎と共に、大人に黙って合戦見物にいくなど幸福な毎日を送っていた。
 須田氏は村上義清を盟主と仰ぎ、北信濃を狙う武田晴信(後の信玄)と戦っていた。元服し名を満親と改めた弥一郎、信正となった甚八郎も前線に出るが、次第に義清方は劣勢になる。
 動揺する国人を切り崩すため、晴信は北信濃に縁者が多い真田幸綱を派遣。信正は、説得に応じ武田方に寝返る。一方、満親は、晴信に対抗するため長尾景虎(後の上杉謙信)を頼る。
 大国のエゴで一族が分断される悲劇は、現在でも開発途上国では実際に起きているので、戦国時代の話とは思えないほど生々しく感じられるのではないか。
 著者は、領土的野心が強い晴信に故郷を追われた国人が、領国を奪い返そうとしたのが川中島合戦だとし、国人の動きを追うことで、5回の合戦が行われた理由を明らかにしていく。さらに、実際に合戦を指揮したのは信玄と謙信だが、作戦案を作ったのは、川中島周辺を熟知する満親ら国人だったとしているのだ。
 戦術を練る満親は、敵に自分の考えが推測できる信正がいるので、常に一手先二手先を読む必要がある。合戦前は息詰まる頭脳戦が描かれ、戦端が開かれると定説とは異なる過程をたどる合戦もあるので、その迫力と意外性に圧倒される。
 野心のままに北信濃を攻める晴信に、満親は須田氏が守ってきた信義で立ち向かう。ここには、富める者だけがますます豊かになっている現代への批判があるように思えてならない。
    ◇
 祥伝社・1836円/いとう・じゅん 60年生まれ。『国を蹴った男』で吉川英治文学新人賞。『天下人の茶』など。

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