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石川啄木 [著]ドナルド・キーン

[評者]市田隆(本社編集委員)

[掲載]2016年04月24日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■「欲望のまま」生身の歌人の姿

 著者は本書をこう書き出す。「石川啄木は、ことによるとこれまでの日本の歌人の中で一番人気があるかもしれない」
 「東海の小島の磯の白砂に/われ泣きぬれて/蟹とたはむる」で始まる歌集「一握の砂」所収の短歌は、学校の教科書でなじみ深い。約30年前の学生時代、よく手に取った中公文庫の『日本の詩歌』シリーズ(全30巻別巻1、品切れ)で最も共感を覚えたのが啄木だった記憶がある。
 貧しい暮らしの末に病にかかり、満26歳で世を去った啄木は、夭折(ようせつ)の天才といわれる。少年の面影を残す有名なポートレートは、純真な歌のイメージとマッチしている。そのイメージは間違いではないのだけれど、啄木の足跡を丹念に追った評伝である本書には、それだけにとどまらない、喜怒哀楽がストレートに伝わってくる生身の啄木が息づいている。
 住まいと仕事を転々とする中で、啄木は借金を繰り返し、踏み倒すことが普通になった。不可解な行動で結婚式もすっぽかした。少しまとまったカネが入ると、本を買ったり、飲み食いしたり、女郎屋通いをしたりですぐに使ってしまう。清く正しく貧しかった訳ではなく、やたらといい加減な生活だ。
 しかし、著者は、啄木の『ローマ字日記』を扱った章で、「数々の失敗を重ねながらも親近感を覚えてしまう一人の男に対する愛着」を感じると記す。友達にはしたくないタイプだが、欲望のままに行動して試行錯誤する姿に接し、啄木の人生が身近に感じられた。繊細な心情をすくい取ることができる詩歌の才と、そんな生活があわさったからこそ、傑作が生まれたということが本書で感得できたように思う。
 本書によると、明治を生きた啄木の作品に関心が驚くほど高まったのは「太平洋戦争が終結した直後だった」。傷ついた日本人の心のひだに啄木の詩歌がしみ入ったのかもしれない。
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 角地幸男訳、新潮社・2376円/Donald Keene 22年生まれ。日本文学者、コロンビア大学名誉教授。『明治天皇』など著書多数。

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