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偶有性操縦法―何が新国立競技場問題を迷走させたのか [著]磯崎新

[評者]五十嵐太郎(建築批評家・東北大学教授)

[掲載]2016年05月08日

[ジャンル]社会

表紙画像

■筋の通らぬ国に怒りと提言

 ザハ・ハディドの急死を受けて、磯崎新は「〈建築〉が暗殺された。……悲報を聞いて、私は憤っている。……あらたに戦争を準備しているこの国の政府は、ザハ・ハディドのイメージを五輪誘致の切り札に利用しながら、プロジェクトの制御に失敗し、巧妙に操作された世論の排外主義を頼んで廃案にしてしまった」という追悼のメッセージを記した。なぜここまで強い表現を使い、彼が怒ったのか。
 彼女の死の直前に刊行された本書を読むと、その理由がうかがえる。3・11の後、建築界ではコミュニティの問題が注目されたが、磯崎は歴史的なパースペクティブから一連の出来事を論じる。原発事故に触発され、彼は福島への国会移転計画を提案していたが、本書では広島の原爆の記憶に回帰していく。そして後半は建築と社会の状況を重ねながら、新国立競技場の迷走劇を批判的に論じる。
 都市のイベントだったオリンピックに国家が口を出し、経済が優先されるようになった。かつて2016年オリンピックの誘致候補を国内で競ったとき、磯崎は福岡に関わり、国家の枠組みを解体し、ハコモノとは違う斬新な発想の計画を掲げたが、案の内容に関係なく、結局資本のある東京が選ばれたときに憤りは始まっている。
 また戦後の日本では、コンペを通じ、施工と分離した建築家の職能を確立させる努力が続いたが、今回の仕切り直しコンペが設計施工一体型となり、大きく状況が後退した。安易な日本らしさのデザインが要請され、「日の丸」排外主義が発動し、魔女狩りによってザハは退場したという。かつて磯崎は、1964年の東京オリンピックを控え、激しいスクラップ・アンド・ビルドに対して皮肉めいた文章「都市破壊業KK」を発表した。今回はその文体を想起させながら、直接に怒りを表明する。
 磯崎は仕切り直しコンペのA案、B案のいずれにも批判的だ。「現代日本建築は救い難い頽廃(たいはい)に陥った」と手厳しい。が、彼がより問題視しているのは、筋の通った決定をせず、ドタバタの決定を重ね、破局に到達する日本国である。それは太平洋戦争に突入していった道程とも似ていよう。興味深いのは、最後に磯崎らしく、半ばヤケクソ気味に明治神宮外苑に生じた巨大な空き地に奇跡的な可能性を見いだしていることだ。これは戦後の焼け跡とつながるかもしれない。ともあれ、皇居前広場をオリンピックに使うという彼が唱えていたアイデアと、競技場跡の新しい空き地をつなぎ、東京を祝祭都市に変えること。磯崎のくらくらするような思考のダイナミズムは健在である。
    ◇
 いそざき・あらた 建築家。31年大分市生まれ。丹下健三に師事し63年に独立。バルセロナ五輪スタジアムや北京中央美術学院美術館を手がけ、国際的コンペ審査員も歴任。思想や文化論の領域でも活躍。

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