書評・最新書評

眩(くらら) [著]朝井まかて

[評者]末國善己(文芸評論家)

[掲載]2016年05月08日

[ジャンル]文芸 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■仕事に生き、迷い、悩む女絵師

 朝井まかては、歌人・中島歌子の数奇な人生を描く直木賞受賞作『恋歌』、奇矯な井原西鶴が印象に残る『阿蘭陀西鶴』など、文人を題材にした作品を発表してきた。葛飾北斎の娘お栄(応為〈おうい〉)を描く『眩(くらら)』も、この系譜に属している。
 著者は、北斎の逸話や当時の画壇の動向を丹念に掘り起こし、現存する作品も史料も少ないお栄に確かな存在感を与えており、圧倒的なリアリティーがある。
 北斎の工房で絵を描いていたお栄は、22歳の時に、水油屋の次男で町絵師の吉之助と結婚する。だが家事も夜の相手もせず、ひたすら絵を描くお栄は、ことあるごとに吉之助と衝突し、家を飛び出してしまう。
 父の工房に復帰したお栄は、才能豊かな善次郎(渓斎英泉〈けいさいえいせん〉)への密(ひそ)かな恋に悩み、北斎の名を出して悪事を働く甥(おい)の時太郎に手を焼きながらも、自分らしい絵とは何かを模索していく。
 家事が苦手で、お洒落(しゃれ)にも興味がないお栄は、結婚して、子供を産むのが女の幸せという世間のルールなど眼中になく、美しい色が出る絵具の材料を探したり、遠近・陰影をつける西洋絵画の研究をしたりと、ひたすら画業に邁進(まいしん)する。
 仕事に生きると自分で決めたお栄は、人生の選択肢が多い現代人に近い。それだけに、恋愛や家族のトラブルに揺れるお栄には、共感も大きいのではないか。
 自分には父ほどの才能はないと考えているお栄は、絵師として順調だったわけではなく、線の引き方、色の使い方にも迷うが、著者は、それを芸術家の特殊な苦悩としていないのだ。
 北斎工房で働く職人であるお栄は、常に金になる絵を描くべきか、好きな絵を描くべきかを突き付けられている。この絵を仕事に置き換えれば、いつの時代も変わらないテーマとなる。その意味で本書は、優れたお仕事小説でもあるのだ。
 迷いながらも、常に前向きなお栄。そのパワーが詰まった最後の1行には、間違いなく元気がもらえる。
    ◇
 あさい・まかて 59年生まれ。『恋歌』で直木賞、『阿蘭陀西鶴』で織田作之助賞。他に『すかたん』など。

関連記事

ページトップへ戻る