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漂流怪人・きだみのる [著]嵐山光三郎

[評者]杉田敦(政治学者・法政大学教授)

[掲載]2016年05月08日

[ジャンル]社会 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■日本社会の構造のしぶとさ探究

 きだみのるは、フランスで人類学・社会学を学び、岩波文庫『ファーブル昆虫記』の翻訳(山田吉彦名)なども残しているが、戦後すぐに『気違い部落周游紀行』など、一連の「気違い部落」シリーズで一世を風靡(ふうび)した。
 東京郊外の小集落に住みつき、村人たちの生態と、そこを支配するさまざまなルールを内側から観察し、克明に描いたきだ。自らを「ぼく」と呼ぶ謎の少女とポンコツ車で放浪し、行く先々で地方の文化人相手に大宴会を繰り広げる晩年のきだの姿を、編集者として彼を担当した著者は凝視し、記録にとどめている。
 きだによれば、集落には、殺人や窃盗を戒める一方で、警察に「密告するな」という掟(おきて)があった。博打(ばくち)は仲間になる条件である。人びとが生きて行くには、きれい事ではすまず、仲間内の共犯意識が求められた。
 「村人は狂暴な欲望で生きている」。戦後、共産党が山村工作に失敗したのは、「人の欲望を甘く見ていたからだ」。きだは基地反対闘争を「デモ隊をあおり、地価を高くした」点でのみ評価する。
 しかも、これは一部の現象とはされない。『周游紀行』の末尾で、集落における利権闘争、欲望と自己愛、排他的慣習などのいっさいは、「条件を変えれば、これはあなたのことです」ときだは述べた。社会全体が大きな「部落」であると考えていたのである。
 それは人間を虫と見なすことにもつながる。この『昆虫記』の訳者は、虫を愛し、「虫に理性なんかないし、俺も虫のように生きている」と述べたという。金銭や女性関係をめぐる彼の過剰さの背景にあるものも、本書では明かされる。
 きだは日本社会の構造のしぶとさを探究し、それを頭から断罪する公式主義的な思想に対抗した。しかし、彼が放浪せざるをえなかったという事実は、この社会での彼の周縁性を示していよう。今こそ読み返されるべき人である。
    ◇
 あらしやま・こうざぶろう 42年生まれ。作家。『素人庖丁(ほうちょう)記』『悪党芭蕉』『文人悪食』など。

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