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武満徹・音楽創造への旅 [著]立花隆

[評者]エンタメ

[掲載]2016年05月22日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

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■「音の河」から確かな音を選ぶ

 約800ページ、2段組みの大著を前に、武満徹という音楽家の人生を咀嚼(そしゃく)しようともがいてしまった。誰しも人の一生は一冊の本に納まらないほどの物語があるだろう。だが、ここまでやるとは。本書を読み進めるうちに、いつしか武満本人が目の前で語っているかのように思えてくる。それは著者立花隆の徹底した取材の成果だろう。しかも立花は、音楽への深い知識と洞察力を持っていた。それゆえに難解な現代音楽の理論、例えば12音階のセオリーや音響を素材にしたミュージック・コンクレートなども、わかりやすく説き明かされている。
 何よりも収穫だったのは、武満徹が音楽を志した動機を知ったことだ。戦時中、学生だった武満は勤労動員で埼玉県飯能の軍事基地にいた。ある日、見習士官が慰みに一枚の敵性レコードをかけた。仏シャンソン歌手リュシェンヌ・ボワイエの「パルレ・モア・ダムール」だった。武満はこの歌を聴くや、「戦争が終わったら音楽をやろうと心に決め」たという。この動機がクラシックでも歌謡曲でもなかったことは重要だ。
 僕が武満の音楽に初めて接したのは学生の頃に見た映画でだった。仲代達矢主演の「切腹」(小林正樹監督、1962年)という時代劇だが、武満の映画音楽は琵琶を使った斬新なもので心に強く刻み込まれた。邦楽器をこれほど刺激的な響きとしてとらえた音楽家は他に見当たらない。それは、西欧音楽の考え方を用いて音楽をつくらざるをえない日本の音楽家が抱える矛盾に対するひとつの解答ともいうべき「音」だった。
 武満が明確な音楽ビジョンを持っていたことは以下の言葉からもわかる。「ぼくは作曲をするとき、まず最初は響きのかたまりみたいなもので考えるんです」。芸術には創造という概念がつきまとうが、創造は芸術の単なる側面にすぎない。武満は「音の河の中から、聞くべき音をつかみ出してくることが作曲するということ」と考える。西欧では音楽を建築物のように構築する。無の空間に意味のある構造物をつくることが創造なのだ。だが日本では仏像のように一本の木の中に仏の姿を見いだし、木を削り出していく。まさに塑像(そぞう)と彫像の違いである。
 その違いを、武満は「マイナス空間的な構成原理」という考えから語る。それは芥川也寸志の着想から得られたというが、武満はもともと「音の河」という概念をもっていた。無限の音に満ちあふれた世界から確かな音を選び抜いていくときの「直感」の重要性。それは芸術に限らず、あらゆる生命活動にとって普遍性を持つのではなかろうか。刺激的な本である。
    ◇
 たちばな・たかし 1940年生まれ。74年「田中角栄研究」で金脈追求の先駆者となる。著書に『宇宙からの帰還』『脳死』『サル学の現在』『天皇と東大』『死はこわくない』『読書脳』など。

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