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真実―私は「捏造記者」ではない [著]植村隆

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2016年05月22日

[ジャンル]政治 社会

表紙画像

■幾重にも浮かぶこの社会の病理

 従軍慰安婦問題の本質は2点ある。その1は、「軍隊と性」で、古代ローマ以来、性病によって軍隊が機能しなくなることへの懸念である。その2は、20世紀の軍隊と性は、それぞれの国の政治体制によって異なる点だ。ノルマンディー上陸作戦後のフランスでは慰安所がつくられたが廃止され、占領期日本では慰安所が設置されたが、アメリカ国内で人権の観点からの批判もあり、廃止された。
 ここ数年騒がれている韓国の慰安婦問題は、その意味では幹とは異なった枝葉の問題である。挺身(ていしん)隊の名目で欺き連行したとの報道は、1990年代初頭には各社が行っていた。それが朝日の、しかもその記事を書いたとされる著者のみにすりかえられるのは別の思惑があってのことだろう。
 本書は、著者のこの問題に対する詳細な報告であり、自分史でもある。とにかく不快感が残る書であり、著者の、自分は「捏造(ねつぞう)記者」ではない、闘っていく、との意気込みの背景に、この社会の病理が幾重にも浮かんでくることに気づかされる。もとより不快感とはそのことを指しているわけだが、病理には「メディアの相互批判の計算」「ネット社会の脅迫の匿名性」「教育機関のタテマエ主義」から、はては「取材報道のあり方」「メディアの検証能力の不徹底」などが含まれる。本書は従軍慰安婦問題を論じているかに見えて、そうではないというのが正直な感想だ。
 アメリカの6大学で、自らの立場を語った体験が記述されている。プリンストン大学の講演会に参加した在米日本人が、非難を浴びねばならない戦時中のことを、日本人はなぜ名誉回復したがるのか、と話したことには考えさせられる。
 昭和初期の天皇機関説排撃運動では、火付け役(右翼系学者・蓑田胸喜〈みのだむねき〉)、広げる役(貴族院議員・菊池武夫ら)、そして政策化する役(文部省ほか)が超国家主義への道をつくった。その構図が想起される。
    ◇
 うえむら・たかし 58年生まれ。元朝日新聞記者。16年3月から韓国のカトリック大学校客員教授。


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