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天下一の軽口男 [著]木下昌輝

[評者]末國善己(文芸評論家)

[掲載]2016年05月22日

[ジャンル]歴史 文芸

表紙画像

■権力者やり込め、胸のすく思い

 木下昌輝は、宇喜多直家が梟雄(きょうゆう)になるまでを追ったデビュー作『宇喜多の捨て嫁』で、高校生直木賞、舟橋聖一文学賞などを受賞。人魚の肉を食べた新撰組隊士が異形のモノに変じる第二作『人魚ノ肉』が、山田風太郎賞の候補に選ばれるスタートダッシュを決めた。
 いま最も注目を集める時代小説作家の第三作となる本書も、上方落語の祖とされる米沢彦八を、虚実を交えて描く伝奇小説である。
 江戸の笑話を随所に折り込みながらテンポよく進む軽妙洒脱(しゃだつ)な物語は、血と暴力に彩られ、グロテスクな前二作とは作風が異なっている。ただ現代にも通じる社会の闇に迫る手法は、まったく変わっていない。
 江戸初期に大坂で生まれた彦八は、物真似(まね)や笑話が得意で、将来は人を笑わして金を稼ぎたいと考えていた。だが当時は、笑話専門の芸人はいなかった。幼馴染(なじ)みの少女・里乃が、親の借金で夜逃げしたと知った彦八は、いつか里乃を笑わすため天下一を目指す。
 まず彦八は、江戸の辻で笑話を披露している同郷の鹿野武左衛門を訪ねる。江戸の芸人は、辻で庶民を笑わせるのを卒業し、豪商の座敷に上がるのがステータスと考えていた。だが彦八は、豪商にだけ芸を見せることに疑問を持ち始める。
 やがて、才能を妬(ねた)む男の謀略で江戸を追われた彦八は、大坂に戻り、多くの人に笑話を見てもらおうと、生國魂神社の境内に立つ。ここでも彦八はライバルの妨害にあうが、客の足を止めるために行った大名の物真似が評判になる。しかし大名をネタにしたため、家臣に狙われてしまうのだ。
 里乃のような幸薄い人を笑顔にしたいという彦八の純粋さは、貧しい人を見下し、贔屓(ひいき)の芸人を道具のように扱う豪商の傲慢(ごうまん)さ、何でも力で解決しようとする武士の横暴を暴いていく。
 権力者の高圧的な態度が江戸も現代も変わらないだけに、彦八がお偉方を笑いで皮肉り、やり込める展開は胸のすく思いがする。
    ◇
 きのした・まさき 74年生まれ。ハウスメーカー勤務などを経てデビュー。2015年度の咲くやこの花賞受賞。


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