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センチメンタルな旅 [著]荒木経惟

[評者]大竹昭子(作家)

[掲載]2016年05月29日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■「嘘」なく心の震え留めた

 いつもはアジアの古美術展が多いパリのギメ東洋美術館で、荒木経惟の写真展が9月5日まで開催中だ。熱烈なファンであるキュレーターの企画らしい。
 世界が注目する現代日本の小説家が村上春樹なら、写真家では荒木経惟だろう。しかも本人は日本をほとんど出ないときている。カメラを向けるのは、日本にいる人、日本の情景、身辺にあるものだ。身近なものを撮ればいいというのは、彼のデビュー当初からの考えだが、それが高らかに宣言された伝説的な写真集が復刻された。
 内容は妻陽子との新婚旅行だ。列車で移動し、ホテルに泊まり、翌朝起きて、町に出て観光をする。その過程が順番通りに登場する、と言うとどこの家庭にもある新婚アルバムのようだが、決定的にちがう点が二つある。一つは性交シーンがあること(コトの真っ最中にシャッターを切るというアクロバットをやっている!)、もう一つは陽子がどの写真でも浮かぬ顔をしていることだ。東京で初公開中の密着プリントで全カットを調べても笑顔は見当たらない。
 手書きの巻頭文には、「これはそこいらの嘘(うそ)写真とはちがいます」とある。ここで彼が指す「嘘」とはファッション写真だが、思えば世間一般の新婚写真にも「嘘っぽい」ところがありはしないか。新婚夫婦が抱くのは幸福感だけでなく、それと同じ量の不安——家庭生活はうまくいくのか、この人でよかったのか、相手に見合った自分なのか——があるはずなのに、幸せだけが強調される。メインイベントのひとつ、性交が出てこないのは言うまでもない。
 物思いに沈んでいる陽子の表情に荒木は自身の不安を見いだし、心の揺れに同調している。夫婦の先行きだけではなく、自分の将来への不安もそこにはあったはずだ。電通写真部で広告写真を撮っていた立場でこれを自費出版し、「写真家決心」を固めたのだから。
 先の巻頭文は「私は日常の単々(原文ママ)とすぎさってゆく順序になにかを感じています」と結ばれ、早い時期に自分の写真観を掴(つか)みとっていたのがわかる。写真を自分の周囲に流れる時を留(とど)め記録する器としてとらえるこうした考え方は、芸術指向の強い欧米では主流ではないが、彼は当初から軸足をそこに定め、夥(おびただ)しい数の写真を撮り続けてきた。「世界のアラーキー」は、その果実なのである。
 一枚ずつ見ていくと、いま起きていることが一瞬のうちに過去になるはかなさや、先に待っていることに不安を予見する心の震えなどが、淡々とした写真の連なりから滲(にじ)み、溢(あふ)れ出す。胸の内にコツンと響く、実になじみ深い感覚である。
    ◇
 河出書房新社・5940円/あらき・のぶよし 40年生まれ。写真家。71年、私家版として本書を刊行。全108枚のうち21枚は『センチメンタルな旅・冬の旅』(91年)に収録。7月9日まで東京・六本木で全653カットを公開中。

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