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屋根裏の仏さま [著]ジュリー・オオツカ

[評者]中村和恵(詩人・明治大学教授・比較文学)

[掲載]2016年05月29日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■「写真花嫁」の声紡ぎ、合唱曲に

 一度に複数の声を、それもたくさんの声を、書き綴(つづ)ることはできるだろうか。集団としての「かれら」を記述するのではなく、それぞれが異なる経験を持ち、家族を持ち、異なる生活と労働の日々を過ごした別々の「わたしたち」の声を、別々のままに。統計や年表の上では無言だが、一度自ら語り出せば何日も何日もつづけられるだろう、女たちひとりひとりの声を。
 彼女らは20世紀初頭、日本から船に乗りアメリカへ渡るという共通の選択をした・させられた女たちだった。みんなこれから夫になるはずの男の写真を大事に持っていた。実際には似ても似つかない、あるいは年老いた、あるいはまったく別人の、貧しかったり乱暴だったり内気だったり優しかったりする男が、サンフランシスコの港に立っていた。
 セックス、労働、出産、子育て、白人たち、移民たち、異文化、英語。そしてようやく軌道に乗り始めた生活を戦争が奪う。敵性外国人として日本人たちは、強制収容所へ送られた。彼らが去った後の町で、かつての隣人たちは、日本人のことを考え、忘れ、思い出し、暮らしていく。
 ジュリー・オオツカの「わたしたち」という主語は、集合的でありながらきわめて個人的で、一文ごとに違う人のエピソードになり代わる。着くなり死んでしまったお嬢さん育ちのヨシコになり、屋根裏に笑い顔の仏さまを祀(まつ)るハルコになり、ほとんどの場合は名前のない、雑草をむしり果物を収穫し、主人の家の床を磨き洗濯する女になる。
 これはひとつの散文詩、それでいて実に読みやすい。丹念に紡がれたリズミカルな短文の重なりが、一巻を勢いよく語り上げる。
 「写真花嫁」といわれた日本人女性移民の物語を、このような文体で書いた作家はこれまでいなかった。これからもいないだろう。語り継がれ研磨された米国日系移民の物語は、文字で書かれた合唱曲になった。
    ◇
 岩本正恵、小竹由美子訳、新潮社・1836円/Julie Otsuka 62年米国生まれ。父は日系1世、母は2世。美術学修士を取得後、小説家に。本書が2作目。

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