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僕の違和感(上・下) [著]オルハン・パムク

[評者]星野智幸(小説家)

[掲載]2016年06月05日

[ジャンル]文芸 社会

表紙画像

■イスタンブル、路地裏の人生

 海外旅行の前には、その土地の作家の小説を読むといい。そこに生きる人たちの感覚がわかるから。イスタンブルに行くならパムクを読むことは欠かせない。本書を読みながら、私は主人公と一緒になって、イスタンブルの路地裏を歩き回った。
 物語は、1957年生まれのメヴルトが12歳で父とともにイスタンブルに出てきてから、2012年の現在に至るまでの人生を描く。主軸を成すのは、実直でナイーブで楽観的な彼の、結婚生活である。従兄(いとこ)の結婚式で新婦の末の妹に一目惚(ぼ)れし、3年間ラブレターを送った後、駆け落ちをするのだが、現れたのは何と3姉妹の次女。同じ三女に惚れた従弟(いとこ)に、名前をわざと次女と取り違えて教えられたのだ。しかし、この次女ライハと細やかな愛情を確立したメヴルトは、まずは幸福な結婚生活を始める。だが、ラブレター送り違え事件は、後の人生に影を落とすことになる。
 一見、通俗的な物語のように見えるが、パムクの手にかかると、極上の料理のような魅力を放つ。例えば、この3姉妹の生きざまに注視して読むと、この小説はまるで『細雪』だ。かたくなで商売下手でいつも困窮しているメヴルトが、抜け目なく成り上がっていく従兄弟たちやクルド人の友人に巻き込まれていくさまは、『ゴッドファーザー』国内移民版といえる。
 経済面や一族友人との関係に困難を抱えるメヴルトが、自分を解放できるのは、寒い季節の夜の路地で、伝統飲料ボザを売り歩く時だ。何度も現れるこの彷徨(ほうこう)の描写が素晴らしい。「夜の都市が語りかけてくる言葉に耳を傾け、路上の言葉に通暁していく自分」を誇らしく感じるのだ。
 これまで上層階級を扱うことの多かったパムクだが、本作ではイスタンブルのマジョリティである地方ルーツの庶民が、トルコの習慣、風俗、宗教意識にどこかで縛られて生きるさまを、かれらの視点と言葉で描く。大都市での人生とは、その因習の束縛と解放の狭間(はざま)で生きることだ。どちらにも収まりきれないメヴルトの状態は、エピグラフにある「頭の中の違和感、自分がその時にもその場所にも合っていないという感覚」というワーズワースの言葉で示される。トルコの歴史そのものを緻密(ちみつ)に体現している小説なのに、現代日本に生きる気分が書かれていると共感させてしまうところが、パムク文学の力だろう。
 エピグラフにはジェラル・サリクという人物の言葉も引かれるが、この架空のコラムニストが活躍するのが、やはり邦訳が出たばかりの『黒い本』である。併せて読むと、もうイスタンブルの虜(とりこ)になるしかない。
    ◇
 Orhan Pamuk 52年トルコ生まれ。06年にノーベル文学賞。『わたしの名は赤』『雪』など。『黒い本』(鈴木麻矢訳、藤原書店・3888円)は90年に発表された長編で、今年邦訳が刊行された。

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