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核の脅威―原子力時代についての徹底的考察 [著]ギュンター・アンダース

[評者]杉田敦(政治学者・法政大学教授)

[掲載]2016年06月05日

[ジャンル]科学・生物 社会

表紙画像

■制御できない力に直面する人類

 広島への原爆投下の瞬間、人類は「原子力時代」に入った。われわれは「自らの手で自分自身を抹殺」できる点で「全能」となったが、力を制御できない点で決定的に無力である。
 フッサール、ハイデガーの下で哲学を学び、ハンナ・アーレントとの結婚経験を経て核廃絶に取り組んだアンダース。1958年の訪日時、原爆投下は「クリスチャンとして」の行為ではなかったという議論に、日本の友人は反論した。それなら原爆の犠牲者らは「いったい何者として死んだ」というのか。大量殺戮(さつりく)兵器の前に軍人と一般市民の別もなかったのに、と。
 ここから考えを深めた著者は、核兵器が「人類の終焉(しゅうえん)」の脅威をもたらす以上それをどうするかは、人類全体が直面する課題で、科学者とか政治家とか、特定の何者か「として」の問題ではないと気づく。
 哲学者は政治的発言などすべきではないというヤスパースの批判にも著者は反発する。人類への脅威は、もはやそうした分業や専門分化そのものを破壊してしまったからである。
 もっとも、普遍的問題を自らの問題として引き受けるのが難しいことも彼は理解している。現代のわれわれは巨大な「機構のうちに嵌(は)め込まれて」おり、「自分が何をやっているのかが分からない」うちに、重大な悪に関与する。しかも、主体としての自覚ある「行為」でないので、責任も感じなくてすむのである。
 81年の「まえがき」は、58年当時と世界が「少しも変わっていないという深刻な事実」を指摘する。それから30年以上が経過し、先ごろ、最大の核保有国の指導者が広島を訪れた。
 オバマも「人類が自らを破滅に導く手段を手にした」問題性に言及し、「核兵器なき世界」の追求を誓ったが、生涯の間には実現できないかもしれないと、先延ばしするのを忘れなかった。それは、われわれ人類の、あまりに遅くあまりに小さな一歩であった。
    ◇
 Gunther Anders 02年生まれ。パリやベルリンで活動後、米国に亡命。国際的反核運動の指導者。92年没。

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