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あの素晴らしき七年 [著]エトガル・ケレット

[評者]円城塔  (作家)

[掲載]2016年06月12日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■笑いと日常、その陰にあるもの

 短編の名手として知られる。絵本もつくるし、映像も手がける。
 文学イベントでいそがしく世界中を飛び回っており、昨年は日本へもきた。
 一口でいえば、奇妙な話の書き手である。金魚がしゃべりだしたり、神様が本音をいいはじめたり。幻想的なものとは限らず、ドアにノックの音がひびいたり、突然テロに巻き込まれたりもする。
 深刻な話題をコミカルに語ることができるが、それと同時に、なにげない人や物の動きの背後にひそむ不穏さや悲哀を見いだす。
 本書は、そんな小説を書くケレットのエッセイ集である。息子が生まれ、父が亡くなるまでの七年間のできごとをつづる。
 日常が描かれているはずなのに、その光景は彼の小説と重なり、時に区別がつかなくなる。
 日本人が海外に旅行したとして、自分の先祖は日本人を何人殺したと自慢されることはまずないだろうし、講演のあとで「日本人であることを恥じているか」と問われることもないはずである。しかしケレットにはそれが起こる。
 海外で、自分の生まれた国を背負って発言することになるのはつらい。自国の悪いところが身にしみていても、弁護せざるをえない。しかも自国では、国の悪口をいいふらすやつとして扱われている。口をとざしたくなる場面だが、他人が抱いているイメージからは自由になれない。
 ケレット自身は、正統派ユダヤ教に目覚めた姉のことを「死んだ」と表現するし、食べ物に関する戒律を守っているわけでもない。
 本書は、ケレットにとっての国語であるヘブライ語では出版されておらず、英語版がもとになっている。
 ケレットの言葉は常に、語ることが困難な状況から発せられる。ときに、自国語での発表を見合わせておくほどに。
 それでも、ケレットの理知的で強靱(きょうじん)な精神は笑いを忘れることがない。
    ◇
 Etgar Keret 67年イスラエル生まれ。『突然ノックの音が』など。映像作家としても活躍している。

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