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亡き人へのレクイエム [著]池内紀

[評者]原武史(放送大学教授・政治思想史)

[掲載]2016年06月12日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■生死を超え親しく言葉交わす

 同じ電車に乗り合わせた客たちとは、同じ時間を生きている。だがそのうちの一人として名前すら知らない。逆に愛読している本の著者は、もうこの世にいなかったりする。限られた人生のなかで実際に出会う他人なんてほんのひとにぎりにすぎず、死者のほうがよほど近しいということは十分にあり得るわけだ。
 おそらく池内紀ほど早くから死にしたしみ、死について考えてきた人はあるまい。本書は、28人の死者に対する「ペンによる肖像画の試み」だが、生前に著者と付き合いのあった人もいればそうでない人もいる。有名人もいれば比較的無名の人もいる。岩本素白(そはく)のように半世紀以上前に死去した人もいれば、西江雅之のように昨年亡くなったばかりの人もいる。
 驚くべきは、いかなる人であろうが、著者の筆致が少しも変わらないことだ。世間の評判とは一切関係なく、必ず自分の物差しを使う。例えば宮脇俊三と一緒にトイレで用を足しながら交わしたやりとりなど、ちょっとしたエピソードのなかにその物差しがきちんと用いられている。
 誰もが死へと一歩一歩近づいてゆく。75歳を過ぎた著者もまたそれを意識している。だが本書からは、それは大したことではないというメッセージが伝わってくる。すでに死者たちとこれほど親しく言葉を交わせているのだ。それ自体が、生死を超えた境地へと著者が達していることを意味してはいないだろうか。
 実は、著者を一度だけ近くで見たことがある。私が東大の助手だったとき、大学入試の監督で同じ教室に当たったのだ。監督責任者だった著者は、ジーパン姿で現れ、試験の時間中ずっと本を読んでいた。マニュアルをきっちりと守る東大教授たちのなかで、著者のスタイルは異彩を放っていた。もう20年以上も前のことだが、あのときの姿が本書に描かれた死者たちの面影と重なって見えたことを最後に告白しておく。
    ◇
 いけうち・おさむ 40年生まれ。ドイツ文学者、エッセイスト。『ゲーテさんこんばんは』『海山のあいだ』など。

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