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ザ・カルテル(上・下) [著]ドン・ウィンズロウ

[評者]市田隆(本社編集委員)

[掲載]2016年06月12日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■麻薬戦争の絶望を映す娯楽小説

 メキシコ麻薬戦争を描いた本書は一気読み保証のエンタメ小説だが、その領域だけにとどまらない。読者はメキシコの絶望的状況を直視し、悩むことになる。
 麻薬戦争は2006年以降、メキシコ政権が軍を投入し、麻薬密売組織(カルテル)の徹底摘発を図って激化。組織同士の抗争も加わり、死者は推定10万人とされる。本書はこの血みどろの現実を反映させ、緊張感に満ちている。
 09年刊行の邦訳が各ミステリーランキングの上位になった『犬の力』の続編。前作では米麻薬取締局捜査官ケラーと、麻薬組織を率いるバレーラ一族との30年戦争が物語の主軸だった。その後を描く本書では、再開した両者の戦いだけでなく、戦時下の一般市民たちが重要な位置を占める。
 麻薬組織が警官を追い出した無法地帯で町長となり、秩序回復を図る女性医師、麻薬組織同士が争う国境の町で、組織の脅迫を受けながら報道の砦(とりで)を守ろうとする地元紙記者たち。医師や記者は郷土への尽きせぬ愛着を持ち、行動するが、麻薬組織から命を狙われる中での不安、諦めまで書き込まれ、彼らの苦悩が強く伝わってくる。
 物語の底流には、戦争の原因を作った麻薬消費国・米国への著者の怒りが満ちている。米政府は麻薬組織の摘発を援助するが、その組織の力の源は、米から流れる麻薬の売上金、高性能の武器だ。主人公の米捜査官ケラーは単純な正義のヒーローではなく、自国の矛盾に引き裂かれた悲劇的人物の色彩が濃い。
 メキシコ麻薬戦争をテーマに今春公開された米ドキュメンタリー映画『カルテル・ランド』では、麻薬組織の支配に立ち向かった住民たちの自警団が勢力を増すにつれ、犯罪に手を染めるなど腐敗していく姿を追った。善と悪の区別がはっきりとせず、解決策が見いだせない現実は今も続くが、本書が描いたような一般市民の勇気をもって光明はあると信じたい。
    ◇
 Don Winslow ニューヨーク生まれ。探偵などを経て91年にデビュー。『フランキー・マシーンの冬』など。

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