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ラガ―見えない大陸への接近 [著]ル・クレジオ

[評者]中村和恵(詩人・明治大学教授・比較文学)

[掲載]2016年06月19日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■海に生きる民への憧憬語る旅

 オセアニアという「見えない大陸」、すなわち海に生きる民の土なき領地であり、その営みを見ようとしない人々が地図上の空白と見なしてきた場所を、ル・クレジオが語る。それは太古の物語を現実に生きる素朴な人々という夢想を抱えた旅人が、ヨーロッパ人探検家や植民地支配者の暴力、さらに近代文明を厳しく批判しながら、なお異郷への憧憬(しょうけい)を歌うことがいかにして可能なのか、問うことなのだと思う。
 ラガとは聖霊降臨日(ペンテコステ)に「発見」されたペンテコスト島の現地名、クック船長の命名によりニューヘブリディーズ植民地となった島々のひとつだ。英仏が領有を争い、両国の共同主権地域になったため、公用語は英仏2言語と、地域特有の混成言語ビスラマ語。1980年に独立しヴァヌアツ共和国となったが、深く刻みこまれた支配の影響は、政治的独立では消えない。
 歩き、読み、話を聞き、作家はラガに想像力を及ばせていく。旅行記、小説、民族誌と形式を自在に変えラガを語ろうと試み、最初の人々の航海を想起する。
 ただし現実は「さびしいほど卑俗だ」。戦争、核実験、エイズ蔓延(まんえん)、利潤第一の大手製薬会社、教育の無策。これらは過去の白人航海者らがもたらした災厄の延長線上にある。蔓延する伝染病。南太平洋の密(ひそ)かな奴隷貿易であるブラックバーディング。大国の最も醜悪で暴力的な姿が、その覇権の端縁で露呈する。
 しかし他者への冒険の旅は可能なはずだ、ラガの祖先が未来の故郷を目指して大洋にカヌーで漕(こ)ぎ出したように、侵略なき憧憬、暴力なき邂逅(かいこう)はありえるはずだ。複数の地、複数の民、複数の記憶と関わる出自と旅の経験を杖に、ル・クレジオは矛盾の結節点に立つ。たじろぎ、揺らぎながらも目はそらさずに。ヨーロッパ(そこもまた実は複数の民の地だ)の詩学が乗り越えなくてはならないトラウマが、ここに率直に吐露されている。
    ◇
 J.M.G. Le Clezio 40年生まれ。作家。08年ノーベル文学賞。『調書』『アフリカのひと 父の肖像』など。

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