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詩のトポス 人と場所をむすぶ漢詩の力 [著]齋藤希史

[評者]蜂飼耳(詩人・作家)

[掲載]2016年06月19日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■土地と言葉をめぐる上質な旅

 現代日本語は、漢詩文を捨てることで出来てきた。齋藤希史はいくつかの著書においてそう指摘してきた。漢字・漢詩文を核として展開する言葉の世界を「漢文脈」と呼び、それを知ることは、素養や文化遺産というより、現代日本語をより深く考え相対化する視点なのだという。著者が重ねてきたこの主張の重要性は、いくら強調しても足りないほどだ。
 そんな著者による、漢詩の本だ。トポスという語の、二つの意味。「ある輪郭をもった特定の場所」と「定型として用いられることばの集積」が、詩歌の力と結びつけられる。洛陽・成都・金陵・洞庭(どうてい)・西湖(せいこ)・廬山(ろざん)・涼州・嶺南・江戸・長安。ある土地をめぐる詩が別の詩を呼び、積み重なって、主題を奏でる。
 たとえば、洛陽。「李白にとって洛陽は人生の結び目のような街だった」。李白は、杜甫ともここで出会う。人が集まる都市は、詩の集積地ともなった。
 西湖について。杭州の知事として着任した白居易と、ともに官吏任用試験に受かった親友・元シン(げんしん)との交歓は、湖を取りまく情景の発見を浮かび上がらせて、興味深い。白居易の後、蘇軾(そしょく)が知事となる。西湖の治水を手掛け、詩を作る。
 廬山もまた多くの詩人を魅了してきた土地。廬山をめぐって、陶淵明は他の詩人と異なる。「かれは登らない」のだ。詩「飲酒」の「悠然として南山を望む」の南山は、「あくまで自宅の南にある山」。つまり、廬山という語を使えば侵入するであろう神仙や仏教のイメージを、回避しているようにも見える、と著者は推測する。語の一つで、がらりと変わる世界。
 江戸については、近世から明治への変化を眺める。永井荷風が敬慕した漢詩人・大沼枕山(ちんざん)や、明治前半の漢詩の流行と衰退のことなど。最後に長安の章を置く構成が面白い。あとがきも詩に深く触れていて何度も読みたい。どこまでも続く、上質な言葉の旅だ。
    ◇
 さいとう・まれし 63年生まれ。東京大学大学院教授(中国文学)。『漢字世界の地平』『漢文脈と近代日本』など。

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