瀬戸内寂聴「求愛」書評 長く肉体に刻み込まれた記憶
評者: 原武史
/ 朝⽇新聞掲載:2016年06月19日
求愛
著者:瀬戸内寂聴
出版社:集英社
ジャンル:小説・文学
ISBN: 9784087716597
発売⽇: 2016/05/02
サイズ: 20cm/164p
求愛 [著]瀬戸内寂聴
私が自ら女性になることはないし、90歳を超えて生き続けることもないと考えている。だから瀬戸内寂聴のように、90歳を超えても活躍し続ける女性というのは、自分から最も遠く離れたところにいるものと思い込んでいた。
掌編小説を集めた本書を読み、その思い込みは半ば当たり、半ば外れた。若々しい文体とみずみずしい感性。迫りくる死の気配をはるかに上回る生の横溢(おういつ)——自分が描いていた90歳代の女性のイメージが音を立てて崩れてゆきながらも、やはり「遠さ」を感ぜずにはいられなかった。あまりにも遠すぎて、怖さすら覚えるほどだ。
その怖さは、例えば「夜の電話」という小説に表れている。女学校時代の同級生が、出征してゆく先生との秘め事を、初めて著者とおぼしき旧友に打ち明ける。70年あまりを経てなお肉体に刻み込まれた記憶。戦争を記憶することの極北が、最後の数行に凝縮されている。