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「ニセモノの妻」書評 妻の固有性とは何か

評者: 五十嵐太郎 / 朝⽇新聞掲載:2016年06月19日
ニセモノの妻 著者:三崎亜記 出版社:新潮社 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784103400318
発売⽇: 2016/04/22
サイズ: 20cm/250p

ニセモノの妻 [著]三崎亜記

 日常の風景がかすかにズレたとき、世界のあり方がおそろしく変容する夫婦の物語を4編収録している。
 例えば、引っ越ししたばかりの高層マンションを夜にふと見上げたとき、自分の部屋だけが明るく、ほかは真っ暗だったという「終(つい)の筈(はず)の住処(すみか)」。突如、家の前の坂道が坂愛好家によってバリケードで封鎖される「坂」。同じ家に暮らしながら時間の断層によって夫婦が引き裂かれていく「断層」(夫は非日常と格闘し、妻だけに日常が続くために余計に切ない)。そしてある日、妻が自分はニセモノになったのではないかと疑いだす表題作。
 三崎のデビュー作『となり町戦争』も戦争のスペクタクルではなく、戦争の概念と日常のあいだに生じる違和感を巧みに描いていたが、本書でもその路線を踏襲している。そして日常の不条理が突きつけるのは、妻の固有性とは何か、「坂」や「マンション」とは何かといった形而上(けいじじょう)学的な問いにほかならない。