書評・最新書評

ジャックはここで飲んでいる/と、彼女は言った [著]片岡義男

[評者]大竹昭子(作家)

[掲載]2016年06月26日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■人生は、自分の外側にある

 片岡義男の活躍がめざましい。小説・エッセイを含めて年に三、四冊は出ている。七十代後半にして、バッターボックスで飛んでくる球を次々とかっ飛ばすような書きっぷり。呻吟(しんぎん)する小説家のイメージとも、純文学かエンタメかという区分とも無縁な独立峰である。
 二冊あわせて十五の短篇が入っている。具体的な事象が抽象思考に飛躍するさま、書き手の疑問を作中に紛れこませて筋として成立させるところ、会話の妙、女性のかっこよさなど、共通する点は多いが、ここで取り上げたいのは道行きだ。どの作品にも町と道順がよく登場し、たどり着いた先には「人」がいる。線路際の木造アパートで仕事する漫画家、十五年前に取材して記事を書いた相手の元ダンサー、バーカウンターで颯爽(さっそう)と立ち働く女性……。
 読者はことばの説明を追いながら、風景や情景を頭の中で立ち上げ、出会いを準備していく。現実の町を歩くような能動性が求められるのだ。
 片岡の読者になれるかどうかの分かれ目はここだろう。人の心の内側を正視するのが小説だと考える人はたぶんノレない。登場人物の内面には立ち入らないし、悩みや苦しみに寄りそったり、慰撫(いぶ)したりもしない。対象との距離は一定で、およそ癒やしとはほど遠い文体なのだ。
 『ジャックはここで飲んでいる』のなかの「ゆくゆくは幸せに暮らす」で先輩作家は言う。「……人生は、じつは自分の外にある。人生もなにもかも、すべて自分の内側にある、と思っている人がじつに多い。したがって、うまくいかない人生が、じつに多い」「人生が自分の内側にあると思うな」
 つまり、人生とは「関係の作りかたとその維持のしかた」にほかならず、自分を外から観察しようとする意志と行動によってのみ、新たな局面が訪れる。
 そうした能動性が典型的に現れるのは、『と、彼女は言った』のなかの「ユー・アンド・ミー・ソング」に登場する小説内小説だろう。外界が認識され、自己の外に世界が広がっていくさまが象徴的に描かれる。
 主人公は、瀬戸内の島に移住した画家に会いに来た編集者。画家と食事の後、ペンライトを頼りに夜道を歩いて用意された空き家にたどり着き、暗いなかで持参のウイスキーを飲む、とそれだけの話だが、周囲に意識を集中しながら暗闇に歩を進めるときの、表皮の震えに目を凝らす描写が力強い。
 自分の外に出よ!という静かな励ましがここにある。これはとりもなおさず片岡自身の生き方のスタイルなのであり、そこに感応する若い層へと、新しい読者が広がりつつある。
    ◇
 かたおか・よしお 40年生まれ。作家。『日本語の外へ』『この冬の私はあの蜜柑だ』ほか著書多数。全著作の電子書籍化が進んでおり、既に200作品が完了。詳細はウェブサイト「片岡義男.com」。

関連記事

ページトップへ戻る