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ブラジルの光、家族の風景―大原治雄写真集 [著]大原治雄

[評者]五十嵐太郎(建築批評家・東北大学教授)

[掲載]2016年07月03日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■移民生活、正統なモダニズムで

 仕事柄、旅先ではなるべく美術館に足を運ぶ。建築を見るためだ。高知県立美術館を訪れたとき、なんの予備知識もなく、ある写真家の作品と出会った。大原治雄は高知で生まれ育ち、1927年、17歳でブラジルに移民として渡った。その7年後、結婚式の写真を撮影してもらったことを契機にカメラに興味を持ち、農業を営みながら自分でも撮影するようになった。
 プロの写真家ではない。だから、すべての作品は彼の身のまわりの出来事を切りとったものである。農作業の様子、家族や日系移民の生活、道具、自然や街の風景。例えば、顔をあげながら、掌(てのひら)に鍬(くわ)を垂直に立てようとバランスをとる男。あるいは、傘をもった娘が梯子(はしご)から飛び降りる決定的な瞬間をとらえた写真。大地と人と空が織りなす、忘れがたい作品群だ。本書はすでにブラジルでは高く評価されている大原の写真を日本で初めて紹介する巡回展にあわせて刊行された写真集である。
 素人写真やヘタウマではない。むしろ、緊張感のある構図や幾何学の強調などは、正統なモダニズムである。だが、ブラジルの片田舎に暮らし、専門的な美術教育を受けていない男が、なぜこれほど洗練された作品を生みだしたのか。書籍で学ぶ機会もあっただろう。51年に市街地に移住してからは写真サロンや国際写真展に参加し、積極的な交流を通じて情報を得ていた。
 個人の表現意欲にも感心するが、同時にブラジルの日系移民による近代写真の受容という意味で興味深い。巻末の詳細な経歴では、激動の20世紀をほぼ生きた彼の年譜と日本・ブラジル関連事項を並行して掲載しているのが良い。家族愛あふれるきわめて個人的な写真だが、海を渡った人の大移動や写真術の世界的な流布とも密接に結びつくからだ。大原は一度も帰国せず没したが、アーティストになり、本書が刊行されたことで、彼の写真は日本にたどり着いたのである。
    ◇
 おおはら・はるお 1909〜99年。巡回展が18日まで伊丹市立美術館、10月から山梨・清里で。

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