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「遠読―〈世界文学システム〉への挑戦」書評 読み切れない本を読むために

評者: 円城塔 / 朝⽇新聞掲載:2016年07月10日
遠読 〈世界文学システム〉への挑戦 著者:フランコ・モレッティ 出版社:みすず書房 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784622079729
発売⽇: 2016/06/11
サイズ: 20cm/339,11p

遠読―〈世界文学システム〉への挑戦 [著]フランコ・モレッティ

 世界中の文学作品全てに目を通すことができる人などいない。タイトルを把握するだけでも一生が終わってしまいかねない。
 しかし、各人が手にとった本を精読し、きちんと情報を交換していけばすぐれた本を見つけだすことはできるはずだ。
 本書のタイトル「遠読」は、その「精読」に対する単語である。半ば冗談でつくったという。精読が一冊一冊をていねいに読み込んでいくことを示すのに対し、遠読は個々の内容には踏み込まない、つまり読まないことを意味する。そのかわり、大量の本を扱ったり、登場人物たちのセリフの配置に注目したりする。いずれも、情報技術の発達によって実行可能となった読み方である。
 統計的な見方は、人間の信念や意図を別方向から眺めることを可能とする。
 モレッティは本書を、文学の変化とは隣の地域へと新たな形式が広がっていく「進化的」な過程であるとする論文ではじめる。九〇年代から二〇一〇年代に発表した論文計十編が収録されており、統計的な処理を通して文学を考えるという一つのジャンルの立ち上げを見ることができる。
 文学を統計的にとらえるという発想は反発をまねきがちだが、無論全員がそうする必要はなく、そういうことをする者もいたほうがよいというだけである。
 たとえば、精読はもちろん否定されないが、それで選ばれた「傑作」が「世界文学」としてふさわしいかはまた別問題だ。他に方法がないなら仕方がないが、現在はテクノロジーを利用した別視点がありうる。
 実際のところ、本書に出てくる手法は、生物学や物理学で使われてきたものと似通っている。科学の言葉であらゆることを押しきるのは横暴だが、便利な道具の利用を禁じるのは馬鹿げたことだ。
 それで果たして文学の新たな研究分野が開けそうかどうなのかは、本書を直接当たって頂くとよい。
    ◇
 Franco Moretti 50年イタリア生まれ。米スタンフォード大学教授。『ドラキュラ・ホームズ・ジョイス』。