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老生 [著]賈平凹

[評者]中村和恵(詩人・明治大学教授・比較文学)

[掲載]2016年07月10日

[ジャンル]文芸

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■無名の人々が紡ぐ現代の中国史

 食べる、働く、病む、性交する、排泄(はいせつ)する。迎合しとり残され、利を得てまた失う。加害者にも被害者にもなり、とにかくその地で生きつづけ死につづける。
 秦嶺山脈の奥、神話と呪術が現代医療や科学技術と混然一体をなす村落で、無名の人々が紡ぐ現代中国史。そのとてつもなさに圧倒され、もう悟りをひらくしかないような気がしてくる。「実は生死は一(いつ)なのだ。人は大地から湧き出した気に相違ない」とあとがきで著者はいう。まさに。
 こんな感慨がわくのは、各話の冒頭および中ほどに引用される古代中国の奇書『山海経(せんがいきょう)』の抜粋と、それにつづく問答によるところが大きい。小説本編はあらゆることを見聞きしてきた弔い師を主な語り手として、地を這(は)うがごとき人々の生を描く年代記、つまり徹頭徹尾人事なのだが、『山海経』はひたすらに地理。この山にこの川あり、土壌はこうで産する鉱物はこれ、こんな動植物があり鳴き声や薬効はこう、という調子の記述が列挙される。
 この経を学ぶ羊飼いの息子は、素朴な問いを教師に投げかける。なぜ山河ばかりを詳述し、人間について語らないのか。山河描写の背後に人間の営みを読み解くことを、教師は教える。羊への言及は牧畜業、金への言及は冶金(やきん)の知識を示唆するのだと。神について、独裁や汚染についても問答がある。『山海経』の解釈が混沌(こんとん)に光を投じ、本編を導いていく。実は古典の解釈は、激動する現代社会についての考察でもある。
 空想的生物が跋扈(ばっこ)する神話や古典文学と、共産党革命、そして現代中国の経済発展とその矛盾が、ひとつらなりに語られる。陝西省の農村に生まれ、土地改革から文化大革命を経て現在にいたる激動の中国を生きてきた作家・賈平凹は、自分の見聞と体験からこの小説は生まれたのだ、という。なんという人生。一度入りこむとその勢いに押され、長い一巻を措(お)かずに読んでしまった。
    ◇
 ヂャ・ピンウア 53年中国生まれ。作家。『浮躁』で米ペガサス文学賞、『廃都』で仏フェミナ賞。

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