人工地獄―現代アートと観客の政治学 [著]クレア・ビショップ

[評者]五十嵐太郎(建築批評家・東北大学教授)  [掲載]2016年07月17日   [ジャンル]アート・ファッション・芸能 ノンフィクション・評伝 

■衝突、不和、政治性、みなアート

 絵や彫刻などモノの制作を目的化しない参加型アートは、日本では芸術祭の興隆とともに注目されているが、世界的な傾向でもある。ただし、社会体制によって地域ごとに事情は異なり、また歴史をたどると、近代の初頭にたどりつく。本書は、美術史家が壮大なパースペクティブをもって、参加型アートの系譜を掘り起こし、あまり知られていない数多くの事例を紹介しながら、20世紀美術のイメージを書き換えるような野心作だ。
 時代の節目は政治的な事件と絡めながら、ロシア革命が起きた1917年前後の未来派、ロシアの集団制作、ダダ、68年に着地する状況主義ほか、89年以降の参加型アートの増加を論じ、60年代のアルゼンチン、東欧とロシア、イギリスのコミュニティ・アート運動などに目配りしている。
 何よりも個別の事例が面白い。例えば、同じ席のチケットを10人に売ったり、椅子に衣服を接着させたりするなど、観衆と敵対し、いざこざを起こす未来派。あるいは、オープニングに訪れた鑑賞者を展示室に閉じ込めるアルゼンチンの実験芸術。演劇やパフォーマンスとの融合を随所に発見できるだろう。終章では、教育とアートの融合を検証。西洋では教育の商業主義化に対し批判的なアートプロジェクトが行われる一方、非西洋では教育施設不足をプロジェクトが補う側面もあるという違いを指摘する。
 最近、音楽に政治を持ち込むなという批判が寄せられたり、美術館が作品の政治性を忌避する状況が起きたりするが、本書が扱う参加型アートは政治的なものが多く、様々な衝突や不和をもたらす。そして著者は、芸術と社会に疑問を投げかけ、相互の緊張関係を維持する試みを評価している。善き人たちの街おこしアートとは違う。本書に日本やアジアのリサーチはない。が、参加型アートを考えるための理論的かつ歴史的な枠組みを提供しており、活用できるだろう。
    ◇
 Claire Bishop 71年生まれ。ケンブリッジ大学卒業。ニューヨーク市立大学大学院センター美術史学科教授。



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