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伯爵夫人 [著]蓮實重彦

[評者]斎藤美奈子(文芸評論家)

[掲載]2016年07月24日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■官能の奥に戦争へのまなざし

 東大元総長という肩書。三島賞の受賞会見での不機嫌な振る舞い。そんな外形的な情報に惑わされてはなりませぬ。
 本書は往年の文学ファンを裏切らない華麗にして淫靡(いんび)な作品ですから。ただし、お若い方はご注意あそばせ。「秘本」と呼ぶに相応(ふさわ)しい本書の毒気に当てられて卒倒しても不能になっても責任は負えませぬ。
 物語の舞台は日米開戦前夜の帝都東京。主人公は二朗という少年のように見えるけれども、それ違うわね。ほんとの主役は二朗の性器よね。二朗は帝大の受験を控えた旧制高校生。一方「伯爵夫人」と呼ばれる中年女性は変幻自在、百戦錬磨のその道の達人。年上の女性が未成年の少年を教育する、と申し上げれば意味はおわかりよね。
 ところが、さまざまな呼称(「おみお玉」とか「青くせえ魔羅」とか)で呼ばれる二朗の性器一式は受難続きで、触れられもしないのに屹立(きつりつ)するわ、強い力で捻(ひね)り上げられるわ、思わぬところで粗相はするわ、過去に遡(さかのぼ)ればボールに直撃されるわ、揚げ句、女たちの手で莫迦(ばか)丁寧に介抱されるわ……。そのいたぶられ方ときたら、おいたわしいやら可笑(おか)しいやら。
 さらにはここに〈色気のない小娘〉なのに、背伸びをしたがる二朗の従妹(いとこ)の蓬子(よもぎこ)が加わって、繰り広げられるのは、性の饗宴(きょうえん)ならぬ性の周囲をぐるぐる回るような物語なわけで。
 その雰囲気は作中に頻出するココア缶の図柄のよう。〈尼僧が手にしている盆の上のココア缶にも同じ角張った白いコルネット姿の尼僧が描かれており、その尼僧が手にしている盆の上にも同じココア缶が置かれているのだから、この図柄はひとまわりずつ小さくなりながらどこまでも切れ目なく続く〉
 実在するドロステ・ココアの缶(日本にも同じ趣向で少女を描いたミルク缶があったわね)の図柄は読者を迷宮に誘い込むけど、伯爵夫人はいいきる。あの尼僧が見ているのは〈戦争にほかならぬ〉と。
 表層を覆う官能小説風の装いは手の込んだ擬態。既成のポルノグラフィーが、中心に向かって突き進み、発砲によって相手を征服したと錯覚し、しかる後に萎(な)えて「無条件降伏」状態に陥る物語にすぎないことを、伯爵夫人はせせら笑う。
 〈わたくしども女にとって、殿方のあれが所詮(しょせん)は「あんなもの」でしかないことぐらい、女をご存じない二朗さんにもそろそろご理解いただけてもいいと本気で思っております〉
 戦争と愛欲は敵対するのか類似するのか。よーくお考えあそばせ。ただ、これに賞を出された作家は迷惑よね。深夜に隠れて読む本だもの、本来は。
    ◇
 はすみ・しげひこ 36年生まれ。フランス文学者、映画評論家。元東京大学総長。著書に『反=日本語論』『監督 小津安二郎』『「ボヴァリー夫人」論』など多数。小説は本書が3作目となる。

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