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蔡英文 新時代の台湾へ [著]蔡英文

[評者]諸富徹(京都大学教授・経済学)

[掲載]2016年07月24日

[ジャンル]政治 社会 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■中小企業群が担う強靱な経済

 著者は、台湾総統選で国民党候補に圧勝し、本年5月に台湾初の女性総統に就任した。いま、世界でもっとも注目される政治家の1人だ。彼女は、前回の総統選(2012年)に敗北した責任をとって民進党主席を辞し、台湾各地をめぐる旅に出る。その過程で彼女が考えたこと、感じたこと、そして何を大切にしているかを私たちに伝えてくれる、優れたエッセイだ。
 本書の根底を貫くテーマは、台湾経済のあり方だ。それが、政治を規定する。記憶に新しい2年前の「ヒマワリ学生運動」は、馬英九(マーインチウ)政権による対中「サービス貿易協定」強行採決への反発がきっかけだった。その非民主的プロセス、中国依存への急傾斜、大資本への利益誘導といった内容が、中小企業や農業への打撃、社会的格差の拡大を懸念する台湾社会を震撼(しんかん)させた。
 経済のグローバル化がもたらす矛盾が、学生による立法院占拠という形で、一挙に噴出したのだ。だが著者は、それは必ずしも民進党への信認を意味しないと戒める。ゆえに、反対に留(とど)まるのではなく、「協定」とは異なる台湾経済の新しい姿を構想する。
 その担い手は、イノベーション力、研究開発力、技術力に優れた中小企業群だ。十分な就業や公平な富の分配に配慮し、質の高い成長を目指す。台湾産業の高度な技術力を、情報通信技術(ICT)と結びつけ、都市のスマート化を図る。省エネ・再生可能エネルギー産業を興し、農業・観光・住宅・ケア産業でもイノベーションを主導し、新しいビジネスへつなげる。
 著者は、独立志向を強めて両岸関係を不安定化させた陳水扁政権の二の舞いを避け、その現状維持を図る。だが、大陸に依存しない強靱(きょうじん)な台湾経済・産業の創出は、結局のところ、台湾の独立性を経済面から担保するのだ。優れた戦略家だが、読後感はどこまでも爽やかだ。人々との対話から学ぼうとする著者の真摯(しんし)な姿勢ゆえであろう。
    ◇
 ツァイ・インウェン 56年台北生まれ。台湾大法学部卒業後、米英で学ぶ。教職を経て08年、民進党主席に就任。

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