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金持ちは、なぜ高いところに住むのか [著]アンドレアス・ベルナルト

[評者]五十嵐太郎(建築批評家・東北大学教授)

[掲載]2016年08月07日

[ジャンル]社会 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■エレベーターが世界を変えた

 タイトルで少し損をしているかもしれない。本書の原題は「エレベーターの歴史」であり、19世紀に登場した機械仕掛けで垂直方向に動く密室の箱が、いかに建築や社会を変え、また物語に影響を与えたのかを広範に考察しているからだ。
 なるほど、日本人がタワーマンションに暮らすようになったのもつい最近で、近代以前はほとんど平屋で生活していた。西洋人にしても、古代ローマにはすでに中層の集合住宅が存在していたとはいえ、階段しかなければ上層ほど劣悪な環境になる。高層建築が技術的に可能になっても、エレベーターがなければ使いものにならない。本書は主にアメリカとドイツの近代を振り返りながら、人と空間の関係をどのように再編成したかを検証する。
 第1章は、エレベーターが縦に貫通する穴として建築を切り裂き、雑然とした内部の構成を整然とした空間に変えたこと。第2章は、独特の場だった屋根裏や非衛生的な上階が、富裕者の最上階やペントハウスに置き換わったこと。第3章は、レバーを巧みに操作するエレベーター乗務員が、押しボタン制御によって消えたこと。第4章は空間に着目し、エレベーターが乗り物なのか部屋なのか、閉所恐怖症の発生、欧・米の受容の違い、これまで壮麗な階段で権威を誇示してきた君主が困ってしまう平等主義的な性格などを扱う。最後はナボコフらの小説や「死刑台のエレベーター」「摩天楼(ニューヨーク)はバラ色に」などの映画、現代のCMでどのような舞台として描かれたのかを分析する。
 建築史や技術史を期待して読むと、図版も少ないし、物足りないだろう。だが、本書がめざしているのは、むしろエレベーターという装置の発明を通じて、近代に刷り込まれた意識を明らかにすることだ。今日もわれわれはボタンを押している。普段当たり前になって意識しなかったインフラに改めて気づかせる良書である。
    ◇
 Andreas Bernard 69年、独ミュンヘン生まれ。リューネブルク大学デジタル文化センター教授。

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