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須賀敦子の手紙―1975—1997年 友人への55通 [著]須賀敦子

[評者]大竹昭子(作家)

[掲載]2016年08月07日

[ジャンル]文芸 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■「語り」聞こえるまろやかな直筆

 最初の著作が出たのが六十一歳、八年後に他界し、生前の著書はわずか五冊。にもかかわらず、没後に書簡と日記と詳細な年譜を含む全集八巻が刊行。須賀敦子の人生は驚きに満ちているが、最近、全集にも載っていない新たな事実が周囲をあっと言わせた。
 イタリアから帰国後、ひと回り以上歳(とし)の若い女性と知り合う。「すまさん」こと大橋須磨子は間もなくアメリカ人と結婚、渡米。以来、二十二年にわたって須賀が書き送った書簡が、文面や封書の複写写真と共にまとめられた。ヨーロッパ文明に惹(ひ)かれた須賀がアメリカの友人とこれほど深い関係を持っていたのは正直意外で、しかも四度の訪問でアメリカを好きになっていたのにびっくり。
 手紙の内容はシンプルだが、忙しすぎて部屋が混乱状態なのを「家の中に交通巡査をひとりやとって置くか」と言ったり、参院選の候補者を「これくらいならうちのメダカでも当選する」とか、「インテリという水たまりに落ちないように——生きたい」とか、描写が図抜(ずぬ)けて突飛(とっぴ)でユーモラス。まろやかな直筆からは言葉のリズムや息継ぎ、声すらも聞こえてきそうだ。改めて須賀の文学の特徴は「語り」にあると思った。
 ふつう書簡が刊行されるのは大作家で、活動期の短い書き手の手紙が複写つきで出るのは珍しい。須賀への関心の高さがわかるが、作品が小説ではなく回想記のスタイルで書かれたことは大きいかもしれない。人生の締めくくりを意識する年齢に、自身の体験を普遍化する意識を傾けて物語った。そこに読者は切実な声を聞き取り、探偵のようにその実像を追うことが、作品を読むのと同様の楽しみになったのだ。
 最期を看取(みと)った妹さんもこんなに親しい友人がいたとはと驚く。口外しなかったのは秘密の物語として心中に留めておきたい気持ちが多少あったからか。もしそうなら謎はこれで終わりではないのかもしれない。
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 すが・あつこ 1929〜98年。イタリア文学者、作家。著書に『ミラノ 霧の風景』ほか。訳書に『インド夜想曲』など。

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