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ニューヨークタイムズの数学―数と式にまつわる、110の物語 [編]ジーナ・コラータ

[評者]円城塔  (作家)

[掲載]2016年08月07日

[ジャンル]歴史 社会

表紙画像

■百年間の記事から選りすぐり

 数学者の発見が物理学者に伝わるには、五十年から百年の時間がかかるといわれたりする。日常の話題に顔を出すまでとなるとさらに時間が必要となる。
 本書には、ニューヨークタイムズ紙に掲載された数学関係の記事の中から選(よ)りすぐられた百十編が収められている。もっとも古いもので1892年、新しいもので2010年、全体で百年以上の期間に及ぶ。
 話題は大きく七つにわけられ、起こりつつあるできごとが当時の記事によって語られる構成である。一般向けの記事であるから、こまかな理屈の説明ではなく、背景や、予想される影響が解説されていく。
 たとえば1892年の記事のタイトルは「研究としての保険業」であり、すでにして世界一の規模を誇るアメリカの保険業における、数学の研究と教育の重要性を述べている。その後、金融工学を精力的に発展させていくアメリカの姿が見えるようで興味深い。
 いやそれだけではなく、統計学、暗号、コンピュータと並ぶ話題をみていくと、現在アメリカが主導権を握る情報技術が少しずつ成立してくる様子が浮かび上がってきたりもする。
 もっともことは数学だから、話題は実利に限られない。もともと役に立つのか立たないのかなんてわからないのが数学で、何百年単位の目立たない積み重ねが大きな成果につながったりし、本書でもそうした例には事欠かない。
 非専門家向けの解説を人生の早い段階で目にすることができるかどうかは、進路の選択において重要である。人間、知らないものに興味を抱いたり、目指すことは困難だからだ。
 記事を集めたものである以上、それを誰が書いたのか、書かれたのはいつなのかをきちんと確認する必要がある。あまり知られていないことだが、数学を魅力的に語る能力は大変まれなものであり、そういう人との出会いは人生を変えるものとなりうる。
    ◇
 Gina Kolata ニューヨークタイムズの科学・医学担当記者。ピュリツァー賞の最終候補に2回選ばれた。

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