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兵士のアイドル―幻の慰問雑誌に見るもうひとつの戦争 [著]押田信子

[評者]武田徹(評論家・ジャーナリスト)

[掲載]2016年08月14日

[ジャンル]人文 アート・ファッション・芸能

表紙画像

■戦況に応じ、変遷する女性像

 かつて『戦線文庫』という雑誌があった。銃後の国民が寄付した「恤兵(じゅっぺい)金」を用いて海軍の委託を受けた出版社が制作。用紙不足で減頁(ページ)を強いられる一般雑誌を尻目に終戦直前まで二百頁前後を維持し、前線の兵士に届けられ続けた。
 国会図書館にも所蔵がない「幻」の慰問誌を追い求めた著者が明らかにした事実は、軍の関与する雑誌に対するステレオタイプをことごとく覆す。そこに政治的、軍事的なトーンはむしろ乏しく、内容は娯楽に偏る。中でもグラビアに登場する女性が、これが戦争中なのかと目を疑う大胆なポーズを取るのは印象的。駐屯地に慰問誌が届くと公演中のAKBファンのように兵士たちが「ウオー!」と雄叫(おたけ)びをあげる描写は著者のサービス精神溢(あふ)れる演出だろうが、兵役の辛(つら)さを忘れさせる「戦地のアイドル」が熱狂的に歓迎された様子はファンレターなどの資料からも裏付けられる。
 慰問雑誌で女性は受動的に被写体となるだけではなかった。たとえば新年号付録の慰問文集『海の銃後』は編者から書き手まで女性を揃(そろ)える。慰問活動への参加を通じて彼女たちは表現の場を獲得し、総力戦体制下の女性活用政策に相乗りするかたちで念願の社会進出を果たした。
 ちなみにグラビアには当初スター女優が起用されたが、総動員体制が本格化すると親近感が持てる高峰秀子のような女優が「銃後の妹」役で登場。本土決戦が近づくと農家の娘が健やかな笑顔を見せる。守るべき家族や国土が強く意識されるようになると、それに見合う女性像が求められた。
 そんな『戦線文庫』の1945年3月発行の最終号に「休刊」「廃刊」の表記がなかったという指摘は象徴的だ。アイドルの訴求力利用は終わらない。終戦後はGHQが民主化を進めるうえで女性表象を用いた。では今のアイドルは何を表象し、いかなる動員に利用されているのか。71年の時間を超えて考えさせられる。
    ◇
 おしだ・のぶこ 横浜市立大学大学院共同研究員。メディア史など。共著に『東アジアのクリエイティヴ産業』。

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