民主主義は止まらない [著]SEALDs 日本×香港×台湾 若者はあきらめない [編]SEALDs

[評者]宮沢章夫(劇作家・演出家)  [掲載]2016年08月14日   [ジャンル]政治 社会 

■生身の言葉が動きを生み出す

 社会や政治に対する冷ややかな視線はない。かといって、かつての政治的な「運動」のようなこわばりもない。
 それを甘いと考える左派もいるが、「運動」を否定する右派の言葉もあてはまらない。そうした姿に好感を抱いて彼らが呼びかけるデモに私も足を運んだ。『民主主義は止まらない』は、SEALDsのメンバーと小熊英二との座談、内田樹との対話を中心に編まれた、まさに「民主主義」のガイドブックだ。『若者はあきらめない』は、SEALDsのメンバーが香港で雨傘運動に参加した学生や、台湾で立法院を占拠した者らと語り合う。状況の違いによる齟齬(そご)はありつつ、同じ時代にアクションを開始した意味を問うこと自体が興味深い。
 SEALDsが先導したと書くことに私は躊躇(ちゅうちょ)しないが、昨年の安全保障関連法案に反対し多くの者が国会前に足を運んだこと、それはまさに、「足を運ぶ」というにふさわしく、自分の都合に合わせて、ばらばらと国会に集まり、自分の都合で帰る。つまりかつてのような「動員」と呼ばれるデモとはまったく異なる。そして、その気分を作ったのがSEALDsではなかったか。そのことについて、小熊と対話する諏訪原健は「意志を示す場をつくるっていうこと自体が、もともと僕らのやりたいことだったわけで」と語る。それはある程度、実現した。けれど、彼らへのデマや中傷が流されるのは仕方がない。それだけ彼らが影響力を持ったからだ。
 では、その影響力とはなにか。
 ある思想家は、いまデモをやることの意義は、再び日本人がデモをやることになったことだ、という意味の言葉を語った。SEALDsはその「触媒」だ。そして、内田の言葉が見事に言い当てている。過去の政治言語を否定して内田は彼らのスピーチをこう評する。
 「ボソボソ喋(しゃべ)っていようが、滑舌が悪かろうが、下を向いていようが、生身の身体から出てくる言葉は、声がよく響くんですよ」
 彼らに嫌悪感を持つ者らが理解できないのは、SEALDsの、「動く状態」そのものだ。解散したとしても、次の行動に移行したとしても、その動きは止まらない。それが、香港、台湾の東アジアの若者の運動とも呼応しているのは面白い。それぞれが、「生身の身体から出てくる言葉」によってメッセージを発する。次から次へと正しい意味での民主主義と自由への動きが生まれる。否定する冷ややかな人たち、コール・アンド・レスポンスの音楽的なリズムを理解できない者らが、嫌悪する速度で。
    ◇
 SEALDs(シールズ) 「自由と民主主義のための学生緊急行動」の略。10〜20代の大学生が中心で、15年夏、安保関連法案に反対する国会前抗議を毎週金曜日に主催。8月15日に解散する。

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