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世界の不思議な音 [著]トレヴァー・コックス

[評者]佐倉統(東京大学大学院情報学環長・科学技術社会論)

[掲載]2016年08月14日

[ジャンル]人文 科学・生物

表紙画像

■「理」と「情」で解き明かす音文化

 〈音〉を言葉で説明するのは難しい。自然の音や楽音はさまざまな情感を呼び起こすから論理的に解説しづらく、いきおい、情感と理屈のバランスが取りにくくなる。だがこの本は、音について語るときの〈情〉と〈理〉のバランスがすばらしい。珍しい音を求めて世界中を旅する音響学者の、楽しい科学エッセーだ。文体と内容も、一般向け科学啓蒙(けいもう)書とエッセーの中間ぐらいの、ほどよい堅さと柔らかさ。
 音を求めて三千里の著者の旅は、イギリスとアメリカのコンサートホールから始まり、屋根や壁がないのに音が良く響くストーンヘンジのレプリカ、古い教会、かつての軍事施設、不思議な音を出すカリフォルニアの砂丘、マヤ文明のピラミッド遺跡が出す音、珍しい鳴き声の鳥が棲(す)むオーストラリアの乾燥林など、あらゆる場所におよぶ。さながら、音の世界旅行のガイドブック。
 さらに著者は、音にかかわるさまざまな職業の人たち、音響技師やサウンドアーティスト、ゲームの効果音責任者などと会って話を聞き出していく。彼ら彼女らとの会話が活(い)き活きと引用されているのも、この本の魅力のひとつだ。
 自然の音も人工物の音も等しく扱われているが、著者の思い入れは人工物が出す音の方にある。それは彼が、都市のような生活の場で聞かれる音は、社会的・文化的産物であるべきだと確信しているからだ。
 世にも奇妙な音現象の舞台は、必ずしも良い音を出すことを目的としては作られていない建造物たちである。しかし、だからこそ、これらの〈音〉は、社会の産物であり文化に組み込まれてきたものなのだ。ぼくたちの身の回りにある〈音〉の、このような側面を鋭く炙(あぶ)り出し、肩肘(かたひじ)張らずユーモアを交えて描き出した著者の手並みは爽やかであり、鮮やかでもある。翻訳は丁寧で読みやすい。注がしっかり全部訳出されているのも大変ありがたい。
    ◇
 Trevor Cox 英ソルフォード大学の音響工学教授。本書で米国音響学会のサイエンスライティング賞受賞。


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