書評・最新書評

陸王 [著]池井戸潤

[評者]市田隆(本社編集委員)

[掲載]2016年08月28日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■保証なき道進む中小企業の不安

 ベストセラーとなった『下町ロケット』シリーズと同じく、新技術による商品開発を目指す中小企業の物語。今回の池井戸作品でも熱い人間ドラマに心を揺さぶられた。一つ一つの企業小説がマンネリに陥らず、読者を魅了し続けるのはなぜだろう。
 埼玉県行田市の足袋メーカー「こはぜ屋」は、正社員とパート計27人の企業。創業百年の老舗だが、時代の流れの中で売り上げはジリ貧。社長の宮沢紘一はふとしたきっかけから、自社の地下足袋を応用してランニングシューズに新規参入できないか、と思いつく。「伝統を守るのと、伝統にとらわれるのとは違う。その殻を破るとすれば、いまがそのときではないか」
 素敵(すてき)な言葉だが、現実は甘くない。商品開発は障害多く、展望は開けない。新規事業に協力的な取引銀行担当者が登場するが、この場合、融資を渋る銀行の上役の判断のほうが妥当に思えるほど状況は厳しい。
 本作では、ライバルの大手メーカーとの競争より、暗がりの中を手探りで進むような時期の描き方に、池井戸作品が読者に訴えかける力があることを改めて感じた。大手メーカーを退職後、シューズ開発のアドバイザーとしてこはぜ屋に協力する村野尊彦は、苦境にある宮沢社長にこう言う。
 「進むべき道を決めたら、あとは最大限の努力をして可能性を信じるしかない。でもね、実はそれが一番苦しいんですよ。保証のないものを信じるってことが」
 商品開発に打ち込むが、わいてくる不安にさいなまれる宮沢の心理描写が秀逸だ。保証がない中小企業のリアルな姿が小説にあるからこそ、努力の結実も重みを持ってくる。
 やがて、こはぜ屋の社運をかけたシューズ開発にかける思いと、人生をかけて走るマラソンランナーの思いが交錯していく。そこに至るまでの苦しみが実感できることが、奥深い小説世界を生んでいる。
    ◇
 いけいど・じゅん 63年生まれ。98年『果つる底なき』で江戸川乱歩賞、2011年『下町ロケット』で直木賞。

関連記事

ページトップへ戻る