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狩りの時代 [著]津島佑子

[評者]斎藤美奈子(文芸評論家)

[掲載]2016年09月18日

[ジャンル]社会 国際

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■差別の記憶に苦しむ二つの世代

 今年2月に他界した津島佑子氏の遺作。容体が悪化して入院する直前まで書き続けていた新作が、この内容と、このテーマだったことに胸をつかれる。
 物語は二つの世代の記憶を中心に展開する。
 戦後生まれの絵美子には耕一郎という3歳上の兄がいた。知的障害をもつ耕一郎は15歳で病死。絵美子は幼い頃に聞いた不吉な言葉を思い出す。フテキカクシャ、ジヒシ、アンラクシ。そんな言葉を彼女にささやいたのは誰だったのか。
 中学生になった絵美子はそれがナチス・ドイツ由来の言葉だと知り、夢の中でおびえるようになる。
 〈こうちゃんが殺される。無残にその命を奪おうとするひとたちがいる。なぜなら、この社会に「不適格な」存在だから。「不適格者」には「慈悲死」、あるいは「安楽死」を、とナチスは叫ぶ〉。ヒトラーは主張した。〈「不適格者」までを養う余裕を、自分たちの社会は持ち合わせていないので、消えてもらうしかない〉
 他方、戦中派である絵美子のおじおば世代はひとつの記憶を共有していた。それは太平洋戦争がはじまる前のこと。来日したヒトラー・ユーゲントの少年たちが山梨県に立ち寄った際、子どもだった彼らは甲府駅での歓迎式典を見物に行ったのである。アーリア人種の中から選ばれた金髪と青い瞳の美しい少年たちに憧れ、見とれ、熱狂した日本人の大人と子ども。
 ナチスの差別的な主張はわかっていたのになぜ、と問い詰める絵美子におばは答える。〈そのていどでも、ナチスに協力したことになるの? 責任を取れと言われてもどうやって? という話になるわ〉
 人を人種や血筋や障害の有無で選別する優生思想はナチスの専売特許だろうか。今日の日本にも有形無形の差別が根強く残り、ときに牙さえむくことを、私たちは身をもって知っている。差別の記憶に苦しむ一族の物語。その問いかけは、ずしりと重い。
    ◇
 つしま・ゆうこ 47年生まれ。『火の山—山猿記』で谷崎潤一郎賞と野間文芸賞。『笑いオオカミ』で大佛次郎賞。

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