テロ [著]フェルディナント・フォン・シーラッハ

[評者]市田隆(本社編集委員)  [掲載]2016年09月18日   [ジャンル]社会 国際 

■少数を犠牲にした少佐は有罪か

 法廷に立った被告人は、ドイツ連邦空軍のラース・コッホ少佐。戦闘機パイロットの彼は、ドイツ上空でテロリストにハイジャックされた旅客機を撃墜し、乗客164人を死なせた罪に問われた。だが、テロリストは、旅客機を7万人収容のサッカースタジアムに墜落させようとしていた。7万人を救うために164人を犠牲にする判断だった。
 少佐の行為は有罪か無罪か。この戯曲の読者、劇の観客が結審後にどちらかを決める体裁で、二通りの判決文が用意されている。
 著者は、ドイツで刑事事件の弁護士を務めてきた経験を生かした小説で、犯罪者群像をつぶさに描いてきた。戯曲の本作は、著者が得意とする法廷ものだが、これまで取り上げてきた犯罪とは一線を画す。無差別テロが世界で続発する中で、法の裁きはどこまで有効か。それを正面から問う内容に、著者の苦悩の軌跡がうかがえる。
 日本では俳優橋爪功氏の朗読劇として今年8月に上演され、4回公演とも観客の6〜7割が有罪と判断。一方、欧州中心に上演された全体状況をまとめたサイトによると、無罪支持の観客が5割を超えたという。
 有罪判決、無罪判決とも、それぞれに説得力があることが、問題の難しさを伝えている。有罪では「その数にいかなる差があろうと、人間の生命を他の人間の生命と天秤(てんびん)に掛けることは過ち」と指摘、無罪では「法がモラルの問題をことごとく矛盾なしに解決できる状態にはない」とする。
 無罪判決は法の限界を示したものだが、著者は巻末収録のスピーチで、テロリストへの対応は「法という手段しかない」と言い切り、「わたしたちが怒り、復讐(ふくしゅう)心に燃えるとき、常にそのことを忘れる危険にさらされます」。法治国家の覚悟を説いたスピーチが胸に響いた。しかし、無罪判決文にうなずいてしまう気持ちも残る。テロの危機を考えるうえで、多くの人に読んでほしい一冊だ。
    ◇
 Ferdinand von Schirach 64年生まれ。弁護士。小説に『犯罪』『罪悪』など。本作は初の戯曲。

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