書評・最新書評

クラフツマン―作ることは考えることである [著]リチャード・セネット

[評者]杉田敦(政治学者・法政大学教授)

[掲載]2016年09月25日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■ものと「対話」する手仕事再評価

 著者セネットが学生時代に出会った哲学者ハンナ・アレントは、人間のあり方として、「労働する動物」と「工作人(ホモ・ファーベル)」とを区別した。機械的な労働に従事することと、ものを考えることとは別だとしたのである。本書は、もの作りと思考とは表裏一体とし、アレント的な図式への反撃を試みる。
 著者はまず、手仕事的なもの作り(クラフツマンシップ)の衰退史を詳細にたどる。中世のギルド組織では、技術の集団的な伝承がなされていたが、バイオリンのストラディバリウスのような、傑出した個人の技量は継承不能となる。
 18世紀フランスの「百科全書」は、実は手仕事を精神労働と等価と見なす「クラフツマンシップのバイブル」でもあったが、言語で技術を伝えるには限界があった。もの作りは、言葉に表せず反復動作によってのみ習得される「暗黙知」に依存するからである。19世紀のラスキンらの機械批判も、機械化の奔流を押しとどめられず、コンピュータ万能の時代に至る。
 しかしセネットはこうした現代だからこそ、対象と「対話」し、自らの認識を「覚醒」させ変容させ続ける、クラフツマンの行動様式を再評価すべきとする。かつて煉瓦(れんが)職人たちは、この煉瓦は「正直」だなどと、物質を擬人化しながら技術を磨いた。チェロ奏者でもある著者は指先や手首を微妙に動かす際に手がいかに「知的」となり、正確で抑制的な思考を身に付けさせるか分析して見せる。
 そして「正しい答えのない問いを考え」、反復的に調整する技術であるクラフツマンシップは政治との関係では民主主義に適合的とされる。著書で、見知らぬ人々が共存する公共空間としての「社会」の喪失を告発してきたセネット。機械的労働への没入を危ぶむアレントへの反論としては少し弱いが、もの作りの可能性を追求することが公共空間の再興にもつながるというのが本書の主張である。
    ◇
 Richard Sennett 43年生まれ。社会学者・作家。著書に『権威への反逆』『公共性の喪失』など。

関連記事

ページトップへ戻る