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光炎の人(上・下) [著]木内昇

[評者]末國善己(文芸評論家)

[掲載]2016年10月02日

[ジャンル]歴史 人文 社会

表紙画像

■時代に翻弄(ほんろう)される技術者の野心

 愛媛県出身の秋山好古、真之兄弟と正岡子規を主人公にした司馬遼太郎『坂の上の雲』は、日本が下瀬火薬、三六式無線機などの新技術を開発したからこそ、日露戦争に勝てたとする技術史観を柱にしていた。
 愛媛県と同じ四国の徳島県から始まる本書は、司馬が描かなかった科学技術の“闇”を掘り下げている。
 日露戦争の開戦前夜。貧しい葉煙草(はたばこ)農家に生まれた郷司音三郎は、幼なじみの大山利平に誘われ、刻み煙草の工場で働き始める。早く大量に葉煙草を刻む機械に魅了された音三郎は、機械の仕組みを学んでいく。
 やがて大阪の伸銅工場に転職した音三郎は、電気にも興味を持ち、独学で新技術の無線機の研究を始める。それが財界の大物・弓濱の目にとまり、音三郎は大手の大都伸銅に移る。
 新天地で無線機の開発を続ける音三郎だったが、電気の危険から人間を守る安全装置を開発している先輩の金海一雄に、技師の理念がないと批判される。
 理想論を口にする金海に敵意を抱いた音三郎は、人間の負担を軽くするという当初の理想を忘れ、優れた無線機を作ることだけに没頭する。音三郎の強すぎる野心は、昭和に入ると、戦争へと向かう歴史の流れにもからめとられてしまう。
 安全を重視する金海を憎悪し、技術開発だけを推し進める音三郎の姿は、福島第一原子力発電所の事故を思い起こさせるし、人工知能の発達が人間の仕事を奪う社会がすぐそこまで来ていることを考えれば、人間は技術革新とどのように向き合うべきかを問う普遍的なテーマにもなっている。
 純粋な好奇心から機械と電気に興味を持った音三郎は、人間関係のしがらみ、政治の要請、社会の願望などが複雑にからみ合った結果、悪(あ)しき変貌(へんぼう)を遂げる。
 司馬の名作に比肩しうる大河ロマンは、技術が暴走するのは、技術者だけでなく、同じ時代を生きるすべての人間に責任があることも教えてくれるのである。
    ◇
 きうち・のぼり 67年生まれ。作家。『漂砂のうたう』で直木賞。『櫛挽道守』『浮世女房洒落日記』など。

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