書評・最新書評

すべての見えない光 [著]アンソニー・ドーア

[評者]円城塔  (作家)

[掲載]2016年10月09日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■重なり響き合う少年少女の時間

 世の中にはまれに、読み終えるのが惜しい小説がある。そうしてさらにごくまれに、ひとつひとつの段落を読み終えるのが惜しくなる小説がある。本書はそんな、たぐいまれな作品のひとつである。
 物語は章の形で時間を交互に重ねるように展開する。ひとつは、第二次世界大戦下のフランス、サン・マロの町での数日間。もうひとつはその日々へとつながる過去の時間。
 重ねられた時間の中には、響きあう二人の人物が登場する。一人は、盲目となったフランス人の少女。もう一人は、工学の才能をみせるドイツ人の少年。
 各章はこの二人と周囲の人々をめぐるみじかめの節から構成され、それぞれが短編小説として成り立つような密度をそなえる。
 戦火を避け、住み慣れた町を離れた少女と、ドイツ軍に編入された少年には直接的な面識がない。ただそれぞれがラジオにかかわることがあるだけである。
 この物語の美しさはしかし、そうした筋の巧みさだけによるのではない。ときに近く、そして遠く響きあう少年少女だけではなく、このお話に登場する多くの人間たちはみな、それぞれにかすかな、ほとんど目につかないほどのつながりで互いに結びついている。それどころか、本や缶詰、模型といった周囲の膨大な物たちも、緊密な関係の網目を形づくる。さらに驚くべきことに、その繊細なつながりは文章を構成する単語同士にまで及び、全体として読み終えるのが惜しい小説をつくりあげている。
 物語の終幕に向かうにつれて緊迫感が高まるのと並行して、文章もまたそれ自体の存在感を増していき、最終的には何かの意味というよりも、文章というものそれ自体の美しさを読むような体験が襲いかかるが、これはあくまでも個人的な反応であるかもしれない。
 ピュリッツァー賞受賞の本書を、藤井光の美しい訳文で読むことのできる日本の読者は幸せである。
    ◇
 Anthony Doerr 73年米オハイオ州生まれ。著書に『シェル・コレクター』『メモリー・ウォール』。

関連記事

ページトップへ戻る