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唐牛伝―敗者の戦後漂流 [著]佐野眞一

[評者]宮沢章夫(劇作家・演出家)

[掲載]2016年10月16日

[ジャンル]政治 社会

表紙画像

■安保闘争を支えた情念の魅力

 いまでは「全学連」という言葉は死語に近い。いくつもの書物や、たとえば、大島渚の映画「日本の夜と霧」で、全学連と六〇年安保闘争の姿を想像することはできる。けれど、それを実感しようと努力したところで本質的なことはわからない。
 本書は、唐牛(かろうじ)健太郎というヒーローを通じ、その時代の深い部分、もちろんこれまでにもほかの書物で読んだことがある内容も含め、そこから、一九六〇年、安保改定を阻止しようと学生たちが国会に突入した行動の背後に流れる思想を読む。
 なぜ唐牛はヒーローになったのか。ヒーローだったことにより、闘争後、様々な職につき漂流するように生きた唐牛とは何者だったのか。そして、唐牛をヒーローにした時代の悲劇とはなんだったのか。著者は唐牛の生い立ち、当時の学生活動家の姿を通して思想のありかを検証しようとする。
 六〇年安保時の全学連が、右翼の田中清玄から活動資金を受け取っていたのは有名な話だ。それに触れた記述からしばらく、当時、勃発しそうになった田中清玄を取り巻くやくざの抗争を著者は丹念に記述する。安保闘争後、唐牛が田中に世話になっていた事情があるにせよ、これほど書く必要があるのか疑問に感じもするが、けれど、これこそ、当時の全学連の本質を読むことになるのではないか。いや、田中との結び付きによる単純な図式ではない。
 その後、全共闘世代になり、「情念」という言葉で語られる思想潮流が生まれる。
 唐牛健太郎が表向き代表していた六〇年安保時の全学連にも、底辺に「情念」は流れ、資金援助する田中には、「情念」への強い共感があったにちがいない。彼ら六〇年安保世代の若い運動にすでにそれが漂っていた。少なくとも唐牛にはそれがあった。若い運動を支えていたのは、意外にも、そうした湿度の高い心情であり、それは七〇年代まで続く。
 安保闘争から十七年後の「週刊現代」(七七年五月十二日号)に掲載された唐牛についての記事「オレは野良犬だ」から著者は唐牛の次の言葉を引く。
 「だがねえ、もしも革命の最後のひと息でも、虫の息でも呼吸してるんなら、オレはそっちに賭けるで。革命はなあ、まだ呼吸してるよ、な。」
 その記事を、唐牛のその後を扱った週刊誌の記事のなかでも「ピカ一」だと著者は書く。やはり湿度を感じざるをえない。引用された革命という言葉にさえ、どこか湿った響きがある。この湿度が唐牛をヒーローにした。だが否定しようとは思わない。それは心地よく、どこか魅力的な湿っぽさだ。
    ◇
 さの・しんいち 47年生まれ。『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で大宅壮一ノンフィクション賞。『甘粕正彦 乱心の曠野』で講談社ノンフィクション賞。

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