叫びの都市―寄せ場、釜ケ崎、流動的下層労働者 [著]原口剛

[評者]杉田敦(政治学者・法政大学教授)  [掲載]2016年10月30日   [ジャンル]社会 

■「ドヤ街」という拠点も奪われて

 大阪港の港湾労働に従事する沖仲仕たちの街、釜ケ崎。高度成長を裏から支えたこの空間に定位し、著者は矛盾に満ちた戦後日本の姿を浮き彫りにする。
 港湾運送業の需要は、船の入港によって左右されるため、波がある。だからこそ、手配師と求職者が「直接に労働力の売買を取引する」、違法性の疑いの強い制度が「公認」されてきた。日本資本主義が釜ケ崎を必要としたのである。
 苛酷(かこく)な労働や、警察による日常的な抑圧に対して鬱積(うっせき)した不満は、時に暴動として噴出する。警察や行政は、負のイメージが定着した地名を別なものに置き換え、土地に染み付いた記憶を消し去ることで対応しようとするが、それはいかにも欺瞞(ぎまん)的である。
 著者によれば、暴動は、抵抗であると同時に、労働者たちが互いの連帯を確認し合う、解放感のある夏の「お祭り」としての性格をも実は帯びていた。
 当初の自然発生的な運動は、1970年代以降、活動家らに組織化され、継続的な労働争議となる。「寄せ場」という言葉が浸透したのもこの頃である。この概念は、釜ケ崎を東京の山谷や横浜の寿町などの地域と結びつけ、問題の共通性を意識させた。
 しかし、寄せ場と寄せ場をつないだ労働者たちの運動はその後、衰退して行く。荷役の機械化は、港湾労働の需要を縮小し、経済危機と相まって、彼らの職を奪った。今世紀に入り、かつての寄せ場は労働者の街から、生活保護受給者やバックパッカーのための街に変貌(へんぼう)する。
 ただし、それは寄せ場の消滅を意味するものではない。むしろ、進行しているのは「社会の総寄せ場化」「釜ケ崎の全国化」である。携帯一つで呼び出され、毎日別々の現場に向かう派遣労働者ら、不安定雇用者の群れ。「かつてのドヤ街のような拠点」をあらかじめ奪われた彼らには、連帯の手がかりさえ、もはや残されてはいないのである。
    ◇
 はらぐち・たけし 76年生まれ。神戸大学大学院准教授(都市社会地理学)。共編著に『釜ケ崎のススメ』。

この記事に関する関連書籍

釜ヶ崎のススメ

著者:原口 剛、白波瀬 達也、平川 隆啓、稲田 七海/ 出版社:洛北出版/ 発売時期: 2011年11月


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