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少年聖女 [著]鹿島田真希

[評者]斎藤美奈子(文芸評論家)

[掲載]2016年11月06日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■水か陸か、迷宮へと誘う問題作

 鹿島田真希の小説は読者をたじろがせるところがある。『少年聖女』もそう。書き出しからもう謎めいている。〈水の中で起きた事件は、僕らには到底わかるまい、なにしろ僕らは陸に住んでいるのだから〉。おお、どういう意味?
 物語の主な舞台はAqua(アクア)という名のゲイバー。熱帯魚の水槽が壁一面に並んでいるバーだ。専門学校生の「僕」は、ここでユウリ(優利)という青年に出会う。彼はAquaの店員だったが、いきなり「僕」を幻惑させるような言葉を口にするのだ。〈あなたさ、僕のこと男に見える? 女に見える?〉
 こうしてユウリは、かつてこの店で働いていた男装の少女のことを語りはじめる。彼女の愛称はタマ。誰も彼女が女性であることに気づかなかった。が、ある日、タマは女だと見抜いた男があらわれる。彼の名は武史。自虐的なショーに身を投じるタマに、武史は強烈に惹(ひ)かれるが……。
 意味をとりにくいのは語りの位相が幾重にも錯綜(さくそう)しているからだ。しかし、あえていうなら、これは21世紀の『痴人の愛』かな。
 切ない恋に身を焦がす武史は40歳。かまぼこ工場で働く彼は、感覚が人とずれたタマのことをひたすら心配し続け、心配すぎてタマに結婚を申し込む。
 一方、タマは19歳。武史を崇拝しつつも、彼女が絶えず気にかけているのは武史ではなくルームメートのオリガのことだ。
 母とその愛人の虐待を受けて育ったタマと、チェルノブイリで被曝(ひばく)し、子どもを甲状腺ガンで失ったオリガは、ともに危険を察知するセンサーが壊れている。
 〈公園から坂を上ると、繁華街や専門学校がある陸の世界。公園を下ると、野良猫の多い住宅や、どぶ川沿いの公団住宅〉。タマは水の一番底で育った。水槽の底でゴミを食べて暮らすプレコのように。
 あなたは陸の人か水の人かと問う問題作。ぜひ迷宮に迷い込まれたし。
    ◇
 かしまだ・まき 76年生まれ。05年『六〇〇〇度の愛』で三島賞、12年『冥土めぐり』で芥川賞。

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