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蜜蜂と遠雷 [著]恩田陸

[評者]蜂飼耳(詩人・作家)

[掲載]2016年11月13日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■音楽への愛情伝える、展開の妙

 舞台は芳ケ江(よしがえ)国際ピアノコンクール。3年ごとに開催され、6回目を迎えるこのコンクールは、優勝者が世界屈指のSコンクールでも優勝した実績があり、近年評価が高い。コンテスタント(演奏者)や審査員たちだけでなく、調律師やテレビの取材者など、さまざまな人間の生き方、考え方が交錯し、白熱する。
 顔触れは華やか。ジュリアード音楽院の学生で19歳のマサル。天才と呼ばれたが、母の死後ピアノから遠ざかっていた20歳の栄伝(えいでん)亜夜。楽器店に勤める28歳の高島明石(あかし)。ことに人々の注目を集める少年、16歳の風間塵(じん)は、音楽教育をほぼ受けたことがない。ピアノも持っていない。養蜂を仕事とする親と移動生活をしている。えっ、養蜂? けれど、突拍子もない設定では、という疑問が入りこむ隙を与えないストーリーの運び方はさすが恩田陸だ。
 塵は、いまはなき音楽家のホフマンから「ギフト」と称され、推薦された注目の若手。その推薦状が面白い。「甘い恩寵(おんちょう)」ではなく「劇薬」とも呼ばれるのだ。「彼を嫌悪し、憎悪し、拒絶する者もいるだろう」と。第一次、二次、三次、本選。2週間にわたるコンクールだ。曲はバッハの平均律に始まり、モーツァルト、リスト、ショパン、ブラームス、バルトーク、プロコフィエフなど。
 手に汗握る審査発表、歓喜と落胆。だが、このコンクールに塵がもたらすものは、もっとスケールの大きな、音楽に対する愛情だ。「狭いところに閉じこめられている音楽を広いところに連れ出す」という塵の言葉は本作の要といえる。
 演奏者の心を他の演奏者の音楽が揺さぶり、感動が音楽への新たな感情を生む。希望という方向へストーリーが素直に整っていくという意味では、青春小説と呼ぶこともできるだろう。2段組みで5百ページ以上あるが、先へ先へと読める。著者のストーリーテラーとしての実力が見事に示された長編だ。
    ◇
 おんだ・りく 64年生まれ。『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞、『中庭の出来事』で山本周五郎賞。

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